勝龍治 取材後記 大衆演劇はこのままでいいのか。

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勝龍治総裁のインタビューは3時間、笑いっぱなしだった。大衆演劇にはなぜ台本がないのか。なぜ似たような演目が多いのか。ひとつひとつ教えてくださった勝総裁には感謝しかない。いい意味で驚かされることばかりだった剣戟はる駒座との日々を振り返ってみたい。

カルダモン康子(以下、カル) 劇団代表の晃大洋さんが楽屋口のドアを開けて、私たちが通るのを待っていてくださったのには、エッ⁉って息が止まりそうになりました。化粧室の前だから、お客さんから丸見えになってしまっているのに。

佐野 三吉の千秋楽の日のことね。夜の部の前に原稿をお渡しして、後日メールでやり取りをと思っていたのに、芝居のあとの休憩時間にザーッとこちらの質問に答えてくださって。晃大さんも芝居に相当出てらしたのに、いつチェックしてくださったのかと頭が下がる思いでした。

カル とにかく今日中に伝えられるところだけでも伝えようとしてくださった、そのお気持ちがもうね、これが剣戟はる駒座なんだな、と思いましたよ。すっぴんなのに申し訳ないと恐縮しきっていたら、インスタライブとか、いつもお風呂上りのすっぴんで登場されるので、ずっこけましたけど。すっぴんが通常運転なんだな、と(笑)。

佐野 晃大さんが勝さんのマネージャー的なことや、広報的なポジションにいらっしゃるというのが、ありがたかったです。

カル だとしても、なかなかできることではないです。劇団代表といっても、イベントのときにラスボスとしてちょろっと顔を出すっていう感じではないからね。芝居も舞踊も毎日ガチで出てらっしゃるわけだから。

佐野 原稿にこんなに細かく直しがたくさん入ってきたことも初めてでした。

カル 一瞬、ギョッとしました。

佐野 でも、この話を削ってほしいということではなくて、晃大さんがお父さんである勝さんの話し方の呼吸みたいなものをきちんと再現しよう、伝えようとして入れてくださった直しだとわかって、感動したんです。大舞台や映画から声がかかっても大衆演劇の舞台以外は断ってしまう人だから、こうやってお父さんの言葉を残してもらえることは嬉しい。大衆演劇界の人間国宝だと自慢ができる父です。といったようなことをメールのお返事に書いてくださっていて、泣きそうになりました。

カル 泣きましたよ。そもそも、80歳の勝さんですから取材は2時間が限度かなと思っていたら、3時間も時間をとってくださって。このホスピタリティーはどこから来るんだろう、と。

佐野 勝さんのお名前を初めて聞いたのは(恋川)純弥さんからでした。大衆演劇界の師匠として、尊敬していると。自分が10代のころ一緒に回っていて、いろいろ勝さんから教えてもらったり、津川竜さんがやっている『浜の兄弟』を自分もやってみたいと思って憧れていたとか。(小泉)たつみ座長のお話や、いろいろ伺っていた話がつながったっていう感じがしたし、その勝さんがとっても魅力的な人だったというのが、舞台を観ていても楽しかったです。

カル 口上で鵣汀座長や祀武憙座長が今日の芝居のこととか、先の演目の説明をするんだけど、自分たちは他と違う芝居をこれだけやっているんだという自信にあふれていて、見どころを熱く語る姿にしびれました。大入が欲しいから見てほしいというのと、いいものだから見てほしいというのは全然違うからね。

津川祀武憙座長の口上は笑いどころ満載。

佐野 さもない、どこがおもしろいのかよくわからなかったような演目でも、はる駒座で観たときは、その芝居なりのおもしろさっていうのが、ちゃんと味わいとして感じられたんですよね。同じ演目でも、勝さんがいるのといないのとで、全然違うんだなっていう。

カル いやもう、同じ芝居とは思えなかったですよね。あと、勝さんのお話を伺って、大衆演劇の謎がやっととけた気がしました。なんでこんなに似た演目が多いのか。なんでちょっとずつ違っているのか。どれが元とか、そういうことじゃないっていうことが、ようやくわかった。

佐野 台本を自分の頭で覚えておくっていうのがいちばん確かで、それも別に一字一句覚えるわけじゃなくて、大事なところだけ流れをつかんで、きっかけさえはずさなければ、あとは自分の言いたいことを自分の言葉で言えばいい。相手から何を言われても返せるようにという意味が、よくわかりました。

カル そのほうが自分の台詞としてちゃんと話せるし。

佐野 だから、毎日あんなに違う演目をやることもできるし、ポイントだけちゃんと抑えておけば、頭のなかにいくらでも入れておけるという覚え方。もちろんそれは、子どものころから、息をするみたいに芝居を観てないとできないことでもあるんでしょうけど。

カル 大日方先生がおっしゃっていたこととも重なっている。丁稚には丁稚、侍には侍の物言いがあって、それがちゃんとすっと体から出てくるようでなければならない。

佐野 1回で聞いて覚えたほうが楽だからって言って、津川竜さんは絶対録音しなかったと純弥さんもインタビューで話してました。津川さんは師匠であるところの、のぼるさんから教わったことを本当にずっと守ってらしたんだなあ、と。

カル 「親父っさんに叱られますけん」みたいな。

佐野 お会いしていないのをいいことに(笑)。

カル いやでも、そういう師弟の厳しさみたいなものも、ハンパなかったんだと思うんだよね、昔は。そうでないと継げないものがあったのかもしれない。ただやみくもにDVDから台本を起こすとか、仲のいい劇団から教わったものをそのままやるとか。音も映像もきれいにパーフェクトに受け取れてしまうからこそ、昔のように録音しない、文字にもしない、口立てだからこそ伝わっていた芝居のキモみたいなものが失われている危険性はなくはないと思う。

佐野 祭りだ、イベントだっていって、新しい芝居、大きい芝居を作らざるを得なくなっちゃってて、ちょっと大変すぎですよね、役者も劇場も。

カル それこそ何が原点かといえば、従来からあるものを切ったり貼ったり、いいとこ取りをしながら自由自在に作ることなわけでしょう。大衆演劇の本当の醍醐味を勝さんが改めて教えてくださった気がするんですよ。なんでもアリの何がおもしろいのかという、大衆演劇の本質というか。老舗ならではの伝統というのが大衆演劇にもあるということを実感しました。大きな仕掛けや大がかりな座組というのも確かに新鮮ではあるけれど、そういうことは劇団新感線に任せておけばいいし、その部分は逆立ちしたってかなうはずもない。そこに向かうことが本当に大衆演劇のためになるのか。毎日朝まで稽古稽古で寝てませんとか聞くたびに役者がかわいそうになっちゃうんだよね。

佐野 それだけに達成感もあるんだろうけど、もうちょっとゆるゆるした感じでやってもいいのにね。だって、演目が日替わりなんて、大衆演劇の役者にしかできないですよ。その即興性のおもしろさは他の演劇では味わえない。

カル あと、剣戟はる駒座ですごいと思ったのは、鵣汀歌舞伎。最初、鵣汀歌舞伎ってなに?って思ったけど。ていうか、ラスト舞踊が『桃太郎』ってなに?と思って観てたら、本当に見得がきれいで。あんなに腰を落とせる役者を久しぶりに観た。三津五郎の曽我の五郎とか思い出しちゃった。

しっかりと腰を落とした美しい見得。客席まで力がみなぎる。津川鵣汀座長『桃太郎』より。

佐野 歌舞伎を好きな人が、こんなんだったら大衆演劇を観ているほうがおもしろいと言う人がいっぱい出てきた時期があったというようなことを、勝さんがおっしゃっていたけど、本当にそういう時期があったんでしょうね。

カル 歌舞伎が形骸化しているところを大衆演劇がうまいことすくいあげた時代っていうのがあったんだろうな、って想像するしかないんだけど。

佐野 大衆演劇の側にもそれだけのプライドじゃないけど、俺たちだったらもっとそれをおもしろく見せてやるっていう心意気もあったんだろうし。

カル 鵣汀座長が『北山桜』の不動明王をやったときのパッションはすごかった。荒事のソウルをめいっぱいみなぎらせようとしてた。

佐野 鵣汀座長ってそんなにハイテンションな演技をするわけでもない。

カル 口上もクールで斜に構えてる感じだし、インスタライブでも「元気そう」とコメントしたファンに向かって「元気に見えます?」とか言っちゃうからね、髭そりながら。吹き出しましたけど。

佐野 でも、静かな感じなんだけど、ちゃんと熱が伝わってくる。

カル 上質なね、それが吉右衛門に似てるんですよ。普段ガチャガチャ大きいことを言うわけでもなく、テンション高いわけでもないのに、芝居になると誰よりも熱がある。そういう人のほうが、舞台人として信じられるじゃないですか。職人というか。久しぶりにそういう役者さんを大衆演劇で観て、その人が歌舞伎どっぷりで、その人のやる歌舞伎というのが私にもグッときたっていうのが単純にうれしかったですね。

佐野 『文七元結』のときも、鵣汀座長の後ろでひそかに細かい芝居をしている勝さんを観ているのもおもしろいし。とにもかくにも勝先生にはしびれました。博打とか、ヤクザ屋さんとのケンカとか、そういういわゆる破天荒な武勇伝を経て、なおかつ本気で舞台に立ち続けてきた人だけが到達できる境地なんでしょうけど、でも、若いころからチャーミングだったんだろうな、勝さんは。

カル そういう役者を観るために私たちは大阪どころか博多だって別府だって、どこへだって追いかけていくわけじゃないですか。自分の日常のなかの感覚では味わえないものを観たくて行っている以上、そういう規格外の人間が役者にはいてもらわなくては困る。その人自身がいかにおもしろいかということしか舞台には出てこない。特に、口立てでエッセンスを継いでいくのが本来の大衆演劇だとしたときに、それを体現する、演じる人間がおもしろくなければ、舞台はおもしろくならない。

佐野 ホームグラウンドである大阪や他の土地の剣戟はる駒座をもっともっと観てみたいよね。

カル ハゲヅラをかぶった勝先生もね、拝見しないといけませんからね。暑いのにお疲れさまですぅ~、とか大向こうかけてね(笑)。

佐野 似合うんだろうなあ(うっとり)。

                               (2022年8月吉日)

構成・文 カルダモン康子

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