第1回「たつみ版」の脚本はこうつくる

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「たつみ演劇BOX」の両座長小泉たつみ・小泉ダイヤの姉にして、劇団の若手女優陣をキリリと束ねる女優リーダー辰己小龍。おかみさん、芸者、はたまた家老の爺まで、芝居では主役の相手役を一手に担い、舞踊ショーでは情念溢れる舞いで観客を沸かせる。そしてもうひとつ、芝居の脚本をつくるという重要な役割で、劇団の一翼を担っている。

芝居仕立ての舞踊「飢餓海峡」。

大衆演劇では、昔から上演しているオリジナルの演目とはべつに、歌舞伎や新派、新国劇、あるいは昔の映画などを手本にしながら、その劇団ならではの解釈や構成で、カバーバージョンともいえる演目を上演することがある。そうした演目のなかから評判を得たものは、日々の公演のなかで練り上げられ、劇団の財産になっていく。「たつみ演劇BOX」は、現座長の祖父にあたる嵐九一郎から、父である二代目小泉のぼるを経由して、いわゆる「口立て」で現在にまで伝わってきた、劇団にとっての古典ともいうべき演目がある。一方で、現座長の代になって上演するようになった演目も多くあり、それらは基本的に、辰己小龍が脚本に仕立てる形でつくってきたという。

「脚本を書くようになったのは、父が亡くなってからですね。父はたくさん芝居を知っていたので、なんぼでも立ててくれるんですけど、その父がいなくなったら新しいお芝居が増えない。先々心配だなと思ったので、まず自分のやりたい芝居をどんなもんだろうって書いてみたんです。一本芝居を立てるから主役をやらせてって、たつみさんにお願いしたら、いいよって言ってくれて。それで立てたのがきっかけです。最初にやったのが『切られお富』やったと思います。昔、わたしが小学校5年生くらいのときから、父が若手会とかの稽古をつけるのに、一緒に付いて行かされてた時期があって、そのなかで『切られお富』を観たことがあったんです。二代目の桜京之介さんがまだ若手の時分で、お富をされてて。そのときに、あんなことやってたな、こんなこと言ってたなって聞き覚えていたものを元にして、脚本にしてみたんです。いちから自分で新しくつくったわけではなくて。父がわたしをそういう場所に連れて行ったのは、稽古をつけてる間に、誰かの芝居のここが気になるっていうのを書きとめておく役としてです。それである程度、芝居を観る癖がついてたんでやってみようかなと。それはとても役に立ちましたね。それ以来、こんな芝居もできる、あんな芝居もできるってやるようになって。たつみさんが、歌舞伎の演目を手本にこんなのやったらどうかって言ってくると、それを参考にして『たつみ版』の脚本にするわけです。大衆演劇の場合は、舞台セットのクオリティーっていったらおかしいですけど、歌舞伎とは大道具も違えば舞台の広さも違う、公演時間の尺も違うじゃないですか。まずは縮める、っていう形で始めたのが最初ですね」

「明治一代女」「新近松物語」「髪結新三」など、ほかの劇団でも上演している物語でも、「たつみ版」は場面構成、役の解釈など、見せ方がひと味違う。手本にする戯曲が、オリジナルの、それも、より古い映画や映像を元にしてアレンジしているからだ。

「それを、自分ところの劇団でどうやったらできるかをまず考えます。映画とか歌舞伎の舞台だと、たくさん役者がいるじゃないですか。でもうちにはいない。となったときに、たとえば、あの役とこの役をひとりにまとめて、じゃあ辻つまをどう合わせるか、というふうな感じで。あとは出来事の並び替え。これを失敗すると、すごい長い芝居になっちゃうんですよ(笑)。それこそもうね、悶々とそのことを考えるんですけど、ずっと考えてられればいいけど、その日その日のお仕事をこなしていかないといけないんで、まとまって考える時間がない。舞台の合間には、子どものおむつおむつ~、お菓子お菓子~って、目の前のことに追われますからね。考えるときはこの楽屋の椅子で、グルグル回ってます。わたしが回り始めると、みんなに、あ、悩んでる、悩んでるって言われます(笑)」

この椅子が回り始めたら執筆も大詰め。

辰己小龍は3人の子どもの母でもある。長女は女優の辰己和たる、次女は子役の辰己いつきとして舞台に立つ。長男鉄郎くんは、ただいま3歳のやんちゃ盛り。腰を落ち着けて机に向かう時間をどうやって捻出しているのかと思うけれど、その集中力がひらめきの源なのかもしれない。「たつみ演劇BOX」の舞台は場面転換に工夫があり、観客の気持ちを途切れさせることがない。

「無駄にしたくないんですよね。お客様に待ち時間を持たせたくないんで、幕間をできるだけ取らないようにというところから場割は考えます。いかにして、前と後ろの場面をつなげるか。劇場によっても変えてます。違うんですよね、舞台のあり方が。幕の位置も違う。たとえば割緞(わりどん)っていう何にでも使える、真っ黒だったり真っ白だったりする幕があるんです。どこの劇場にでもあるんですけど、これの前に幕が置けるか、後ろに置けるかでも場割は違ってくるし、スーッと上がる幕なのか、シャーッと横に引く幕なのかっていうことでも変わってくるんです。大道具のないところもありますから、そういうところではどうやるか。普通のお芝居だったらまだいいんですけど、ダイヤさんの誕生日公演だったり、たつみさんの何周年とかいうときに、大きな道具の揃わない劇場で公演している場合もあるんですよね。大道具さんがいないから、自分たちで道具を動かさないとならない。そういう点も考えての場割になります」

9月に浅草木馬館で上演した「母子港歌」も、初演は、2019年8月の大阪・京橋羅い舞座。母・辰己龍子の芸道60周年記念公演だった。大店の兄ぼんである宗介(小泉たつみ)が、自分は本当は、父(宝良典)と瞽女の座元ひとえ(辰己龍子)の間に出来た子で、母(三河屋諒)が宗介の顔を見るたびに憎しみがわいてくると、父をなじる様子を立ち聞きしてしまう場面がある。

【トピックス参照】https://ooiri888.com/2021/09/14/koizumitatsumi-topics/ 

「目の前で起こっている出来事を、じっと黙って見ているという設定です。本当なら、紗幕を使ったり客席を使ったりしたいところですが、コロナの関係で客席が使えなくなって。それに代わる工夫として、話が全部終わって、ひとり座敷で泣いている母親の後ろから宗介は静かに登場する。あ、聞いてたんやなと、お客様の想像力をお借りしてやってみました。ほかにも、別の芝居で使った手法ですけど、パンッとライトが消えたら、今度は舞台の反対側にだけスポットライトがパッと当たってて、同じ舞台の上ではあるんですが、照明の当たり具合で場所が変わっているように見せたり。想像力を働かせてもらうために、照明であったり音楽であったり、そういうものを利用していくしかないですね。いろんな舞台を観て、やり方を学ぶ、学ぶというか真似てさせてもらってます」

そういう特別な公演の場合、どのくらい前から準備を始めるのかと聞いてみると、困ったような顔で苦笑い。

「毎年、1月に花形(小泉ライト)の誕生日公演があるんですよね。これは劇団がお休みする12月に考えられるからいいんですけど、3月にはダイヤさんの、5月にはたつみさんの誕生日公演が控えているわけです。場合によっては、4月に会長(辰己龍子)の誕生日公演が入ったりする。そうすると、正直言って、脚本の出来上がりが1週間前とかっていうときもあります(笑)。いや、何をやるかは何カ月も前から考えるんです。要望も出してとは言うんですけど、要望がなかなか来ない時もあるんですよ、これが」

その間に、日替わりの舞台の稽古と本番があり、合間を縫って準備を進める。そして誕生日公演のような特別な公演も、上演するのはたった1日。大衆演劇の驚異的な仕組みのなかで、座長ほか、出演する役者の力量への信頼があってこその脚本づくりともいえるだろう。出来上がった脚本はプリントして、出演者全員に渡している。

「製本も全部わたしがやってます(笑)。父みたいに、上手に口立てで伝えられないので、本にして渡すんです」

第2回につづく!

(2021年10月26日 三吉演芸場)

取材・文 佐野由佳

プロフィール&アンケート

あだ名の「おやびん」にちなんで、ファンがつくってくれたという「親ビン」Tシャツ。ちなみにファンの人には「小ビン」と入っている。

辰巳小龍(たつみこりゅう)

1977年10月30日生まれ。

初舞台は?

聞いた話では、1歳半。

得意な演目は?

ない、そんなのないです。好きな演目は「春雨新五郎」。出来過ぎなくらい完璧なお芝居です。物語もだし、場割も素晴らしい。台詞のきれいさも、見た目の華やかさも、キャラの立ち方も、情愛の入り方も、親子夫婦主従、いろんな愛情が詰まってる。私のなかでは、よくたった1時間20分の芝居でこんなにできたねえ、ってつくった人に言いたい! たぶん、おじいちゃんのころからやってる芝居だと思います。簡単にチャチャっとつくったみたいな芝居なのに、むっちゃ深いやんっていう。新五郎と嫁とのかけあいが見せ場の芝居で、私は新五郎の嫁をやってるんですけど、大好きな役です。21歳からずっとやっていて、いまは気持ちの入り方も若いころと全然違います。これってこういうことやったんやって、年々、年々、気づいてます。いろんな発見がある。二回、三回見てもらっても、毎回いいと思ってもらえるお芝居です。

仲のよい役者さんは?

いっぱいいます、男の人も女の人も。もちろん浅井グループがいちばん近しくて(座長浅井正二郎が二代目小泉のぼるの弟子にあたる縁で、深い交流が続いている)、「のぼる會」の人はみんな仲がいいです。三河家諒さんも、仲よくさせてもらってます。

もらって嬉しい差し入れは?

それこそいっぱいあるな。美味しいもの。甘いもの辛いもの、どっちも好きですね。

いま欲しいものは何ですか?

うーん、舞台ものって言わなあかんかな(笑)。カツラが一番欲しいかな、やっぱり。それとiPad。パソコン持ち歩いて台本書くのがつらくて。

休みの日は何をしていますか?

子どもを遊びに連れて行きます。子どもたち、普段はずっと楽屋に座って、いい子にしてないといけないじゃないですか。かわいそう。だから、休みの日は寝たくても絶対早起きして、外に出かけます。

ご自分の性格をひとことで言うと?

キツイ! 激情的です、自分で言うのもなんですけど。カーッてなるし。それがテンションにもつながるんで。喜怒哀楽で言ったら、怒で動いてる人間です。稽古でもつい怒号を飛ばしてしまって、たつみさんに「おねえちゃん、もうちょっとやさしく言ってあげんと、傷ついたことしか残らんよ」とか言われます。弟からダメ出しくらうことが多くて。でも、怒りが私のパワーです。口は悪いけど、あとには残らないタイプです。

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