お茶の間みたいな劇場「古町演芸場」 リニューアルで絶賛公演中!

1783

2年前、惜しまれつつ閉館した新潟の古町演芸場が復活、との知らせ。4月2日が初日とのことで、関東は満開を迎えた桜がちぢみあがりそうな寒さのなか、気持ちはホクホクしながら2泊3日の旅に出た。

実は、前の古町演芸場に行ったことがなかった。大衆演劇ファンとは言いがたきふるまいである。コロナ禍で閉館の知らせを聞いたとき、新幹線に乗れば東京からはわずか2時間、なぜ行っておかなかったかと悔やんだものだ。新潟自体、もう10年近く行っていなかった。だから今回復活のニュースは、ひとりひそかに小躍りしたくらい嬉しかった。ありがとう、古町。

そんなこんなの新潟駅に降り立つと、からりとした快晴。海や川が近い町特有の空の広さに、春まだ浅い冷たい風が心地よい。

駅前のバスターミナル。鉄骨の架構がカッコいい。

駅前から古町までバスでもいいのだけれど、ここはひとつ歩くことにする。信濃川にかかる萬代橋を渡りたかったからだ。劇場まで徒歩32分と手元のスマホが教える。海の方角に向かって大通りを歩く。

萬代橋と信濃川。広くてゆったりとした川と橋。
千二百七十歩なり露の橋  虚子

橋を渡りきったところに、達筆すぎて判読できない句碑がある。脇の立て看板の解説によると、大正13年に俳人の高浜虚子が新潟を訪れたときに詠んだ句を、昭和4年に現在の橋に新しく架け替えたとき、お祝いに贈ってくれたものらしい。え? 1270歩もあったっけ? と思ったら、昔架かっていた木製の橋は、全長782メートルもあったらしい。現在の石橋は307メートル。いまの橋も結構長いけれど、その倍以上あったなんて。道中の散歩も楽しい。

さて、目当ての古町演芸場は、橋を渡ってさらに歩いた柾谷小路(まさやこうじ)という、いまや全然小路じゃない東西に伸びる大通りに、南北に走るいく筋ものアーケード商店街「ふるまちモール」の一角にある。劇場のある町には必ずアーケード商店街という、自分で勝手にすごい発見をした気になっている法則に違わず、さすが雪国だからだろうか、古町もまたアーケード商店街の町だ。

あった! 幟がはためき提灯には灯がともり、新装なった古町演芸場はそこだけパッと華やいだ雰囲気。柿落としの今月を受け持つ一見劇団の、絵看板やバルーン、花輪がにぎやかだ。

「ふるまちモール6」のなかにある。町の人に親しまれてきた外観は以前のまま残したという。

館内は靴を脱いであがる畳敷きで、入って早々、なんと座卓が。まるで、親戚の家の茶の間に通されたみたいな気分だ。その向こうに舞台と客席が広がっている。このお茶の間みたいなコーナーには、コーヒーメーカーや電気ポット、電子レンジまで完備されていて、持ち込み自由。マガジンラックや新聞ラックもあって、自由にくつろげるようになっている。

茶の間の壁を見上げれば、かつての劇場で行われた公演のチラシがずらり。2005年から閉館までの、15年間の歴史をしのぶことができる。いまから10年15年前、え?! 座長、こんなに痩せてたの?とか、あの役者さんまだ子どもだったのねえとか、劇団の顔ぶれも変わっているのねとか、いろいろ興味深い。

そのチラシの上には、今回の劇場再建に際し、協賛した方たちの名前が並ぶ。

古町演芸場は2021年5月に閉館したが、地元の劇場「新潟古町えんとつシアター」の支配人である逸見友哉さんが、「地元の人に愛された、古町のにぎわいをなくしてはいけない」とクラウドファンディングを立ち上げて再建に動いた。その際に、「高齢者と若者の交流の場となり、古町の活性化につなげたい」と、劇場だけでなく、漫画喫茶やネットカフェのように、誰もが立ち寄れる交流の場として改装することを計画。かつては役者の宿泊に使われていた2階もシアタールームや仮眠室、キッズルームに。2021年10月に会員制サロンとして再開した。(参考:2021年10月5日朝日新聞デジタル)

劇場としての柿落としはこの4月から。逸見さんがあらたに劇場の支配人に就任、運営は篠原演劇企画が行うという。

初日舞台で挨拶する逸見友哉支配人。
三番叟を舞いながら突然「もう踊れない、疲れた」と倒れこむ古都乃竜也座長を、「まだ先は長いんだから、起きて起きて。あ、重い」と抱き起す一見好太郎座長。操り三番叟のアレンジバージョンをユーモラスに。

初日は口上挨拶のあと、お祝いの三番叟でスタート。演目は、昼の部が「恋の大川流し」。自分のいいなずけに、実はほかに好き合っている相手がいることを知り、ひと肌脱いで恋の手引きをしてあげる男を一見好太郎座長が好演。親同士が決めた、幼いころに別れたきりのいいなずけでも、実は自分は好きだった。十二の歳によそに奉公に出て、ひとかどの商人になって、幼なじみとの婚礼に胸踊らせて故郷に帰ってきたはずだった。口には出さねど切ない男心を、その人生までもがちらりとにじむように細やかに、爽やかに演じる。

夜の部はガラッと変わって「身代わり忠次」、2日目は昼の部が古都乃竜也座長主演の「赤尾の林蔵」、夜の部が「弥太郎時雨笠」。趣は違えど、ザ・大衆演劇な演目が並ぶ。昔からのお客さんはもとより、今回初めて大衆演劇を観るお客さんにも、親しんでもらえるようにというラインナップのようだ。

隣に座っていたおじさんは、新聞で古町演芸場再開の案内を見て、どんなところかなと思い初めて来てみたという。新潟出身、雪に閉ざされ雪かきに苦労する冬から逃げたくて関東で就職、60過ぎてから戻ってきたという。「冬は寒いけどね、でもふるさとだから。やっぱり新潟、いいとこよ」と語りつつ、一見劇団のチラシを熱心にながめていた。

古町演芸場がなくなってからは、石岡やあだたら温泉の健康センターなどに行っていたけれど、やっぱり古町に劇場が戻ってきてくれて嬉しいという往年のファンも多い。舞踊ショーで、一見好太郎座長と古都乃竜也座長による、鉄板の相舞踊では「待ってました!」の声もかかった。

一見劇団ファンにはおなじみ、一見好太郎座長と古都乃竜也座長の相舞踊。「二度惚れ酒」は、もはや酸いも甘いもかみ分けた、熟年夫婦の味わいがにじむ。

ああ本当に、大衆演劇の劇場は、町のお茶の間なんだなと思う。気の置けない仲間と集って、お茶を飲みながらたわいのない話をして、好きな舞台を観る。見知らぬ者同士も、ちょっと世間話なんかして楽しいひとときを過ごす。コロナ禍で、そんな何でもない時間の大切さをしみじみ感じていただけに、全国のあちこちで劇場やセンターが閉館を余儀なくされる知らせはやるせなかった。そんななかでの古町演芸場の復活は、大衆演劇ファンであってもなくても、希望の光みたいな明るいニュースだ。

誰もいない関屋浜の空と海との間には、春の風がビョービョー吹いていた。

2日目の朝、昼の部開演までの時間に、少し足を伸ばして海を見に行く。駅前のバスターミナル窓口で、「一番近い海に行きたいんですけど」という、ものすごく漠然とした問いかけに、ここは観光案内所じゃないんだけどと言いはしないが思っているだろうお姉さんが、無愛想に親切に教えてくれた7番線からバスに乗る。松波一丁目のバス停で降りて、海の匂いのする方向に歩いていくと、目の前に現れたとても静かな日本海。誰もいない。静かに打ち寄せる波の音と、風の音。こんなきれいな海が見られるなんて。バスターミナルのお姉さんの的確な案内に感謝した。そして、そういえば夕べの舞踊ショーで「空と君のあいだに」を踊る一見好太郎座長はカッコよかったなと、吸い込まれそうな空と海のあいだの砂浜を、ひとり歩きながら反芻した。

「空と君のあいだに」を踊る一見好太郎座長。

この日は、昼の部終演後に、町なかのイベントに古町演芸場が参加するというので、観劇後に出かけてみる。新潟市が推進するまちおこしプロジェクトの一環で、市役所が入っているランドマークビル「NEXT21」と、向かいのビル「古町ルフル」の間に「ルフル広場」が新しくオープン。その特設ステージで、劇場を飛び出した一見劇団が20分ほどのミニショーを披露した。紋付袴姿の古都乃竜也座長の挨拶からの殺陣のデモンストレーションと、女形の一見好太郎座長を中心にした舞踊。アンコールも飛び出して盛況だった。ちなみに、ガラス張りの超高層ビル「NEXT21」が建つこの場所は、江戸時代は新潟奉行所があったらしい。

かつてはお白州だったかもしれない「ルフル広場」の特設ステージにて舞う一見劇団。

イベントのあと、夜の部までの時間、古町界隈の路地をふらふらしていたら、突然、巨大な仏像に見下ろされて驚く。誰?! 何?! と思って手前の建物を見ると、弘願寺とある。お寺であるらしい。名前からして、弘法大師様か? あとからネット検索した情報によると、地元では有名な名所で、もとはストリップ劇場だったところに、お告げを受けたオーナーが建てたお寺なんだとか。うそかまことか定かではないが、次回来たときには、地元の方に詳しいことを聞いてみたい。古町おそるべし。

だしぬけに遭遇。

もうひとつ、2日目のこの日は、食堂「古町ぺんぎん商店」が、劇場に来たお客さんに豚汁をふるまってくれるという嬉しい出張サービスもあった。例の座卓でいただく豚汁。ほんとに親戚の茶の間にいるような、くつろぎのひとときだった。いきおい平らげてしまい、写真を撮るのを忘れる。「いやあ、美味しかったよ」と、出張中の相棒のカルダモン康子に口頭でのみ報告、「写真見せてよ!」とうらやましがらせたのは言うまでもない。

4月の新潟古町、春の陽気に誘われて見どころいっぱいだ。

(2022年4月2・3日 古町演芸場)

取材・文 佐野由佳

関連記事