圧倒的に男社会の大衆演劇の世界で、女優が名をあげていくのはさまざまな困難がつきまとう。そのなかで、辰己小龍が「たつみ演劇BOX」の看板女優として、その世界では知られる存在になったのは、どんなときでも舞台に立ち続けたいという一途な思いだ。「拍手とライトからは離れて生きられない」という。
「やっぱり男性と女性との違いに葛藤があった時期はありましたね。昔はもっと、男優さんと女優さんの待遇は違いましたから。いまは本当にみなさん、女優さんでも応援してくださいますけど、私たちの若い時分はどうしても男優さんにしかご贔屓さんがつかない。なので当然、劇団のなかでも男優さんのほうが優遇されて、前へパーッと出る、役もつく。送り出しひとつにしても、女は片付けに行っていいよっていう感じで、お客さまに愛想することも許されない。許されなかったっていうか、行かなくていい、もうとにかく奥に控えていなさいっていう感じのやり方だったので。特にうちの劇団は、男性社会だったと思います。父がそうしてましたから。女優が前に出てやるとやらしいから、いう感じ。母(辰己龍子)も控えめな人だったし。それに昔は、劇団内の恋愛とかをみなさん想像されるんでしょう。若い女優が相手役だったりすると、ヤキモチを焼かれる。だから、私たち女優はあんまり出しゃばっていくっていうことができなかったですね」
それでも辞めようとは思わなかった。27歳で結婚したときも、自分が舞台を続けてもいいなら、という条件つきだったという。
「夫はいま、舞台の裏方の仕事をしています。出会ったときは、舞台関係の仕事ではなく普通の仕事をしていて、遠距離で電話でつながってたんですけど。自分が舞台を続けていけなくなるのであれば、結婚はナシだと思ってました。別に独身でもいいと思ってたんで。28歳で長女がお腹にいるときに、父が亡くなったんです。そのときは、一人目の子だったので大事をとって6カ月か7カ月くらいで舞台は降りましたけど、もう下の2人のときなんてめちゃくちゃですよ。8カ月くらいまで出られるだけ出て。お腹目立ってきたからやめるわとか言ってやめて。産んで、また1カ月で復帰してました。劇団の人数が少なくなってましたから、働かなきゃどうしようもなかったんで。それこそお乳あげながら、芝居の稽古して、振り付けして、子どもをお風呂に入れて、上がってきたら衣裳見て……。当時はげっそり痩せてました(笑)」
そんな状況でも、もちろんイヤイヤ舞台に立っていたわけではない。むしろ、それでも続けていきたい思いがあったから今日まで続いている。
「辞めたいと思ったことは、中学3年から舞台を始めて1年目くらいのときに、いい役をやってたのに子分に回されて、そんなのが2、3日続いたときくらいですかね。それ以降は、姉弟喧嘩をしようとも、娘が『ママ、普通に学校に通いたい』と言ったときも、なんらかの形で行かせてやることはできるかもしれないと考えましたけど、自分が役者を辞めるという選択肢はなかったです。ほかの仕事をしてみたい、っていうのも本気で考えたことはないですね。それこそ中学生のときに、宝塚に入りたーいとかそういうのはありましたけど、結局は舞台ですよね。いまも、大衆演劇以外の分野でも、舞台なら何でもやりたいです、機会があれば」
しかしあくまでも、拠点はここ「たつみ演劇BOX」だ。
「ここに所属して、よその舞台に出るというのはありですけど、ここを辞めたいとは思わない。居心地がいいのもありますけど、どこかの劇団で仮に優遇されたとしても、芝居立てさせてもらえないと思うんですよ。わたしこの芝居やりたいから、あなた主役やりなよとか、誕生日公演をやらせてって言えるのも、姉弟ならではだと思うんです。ひとつの舞台をつくるために、お互いに遠慮なく三枚目やってよとか、汚れの役に回ってよとか、何でもやるよとか言い合える。ここから離れたら、私は私の思う舞台をつくれないと思う。それこそ、わたしに息合わせてやってとか、たつみさんに息合わせてやるとか、姉弟じゃないとできないというのもあるんですよ。ほかの誰かに変わったら、できないと思っちゃう。だから外には出たくないですね。出たくないし、舞台からは降りられない。わたしね、絶対に拍手とライトからは離れて生きられないって自分でわかってるんで。たぶん、もし体が動かないような病気になってしまったとしても、絶対舞台にたずさわって生きると思います。何がそこまで思わせるのか? わからないですけど、うーん、舞台を離れてしまったら、自分の存在価値がない気がします。ご飯も上手につくれないし、縫物も下手だし、子供にも感情的だし、人にもそんなに優しくないし、正直言って学歴もない。そう考えたら、これしかないっていう感じかな」
舞台をやっていて、一番嬉しいのは、どんなときですか?
「そりゃあ、やっぱり成功したときですよ。お客様がワーッって言ったとき。いまコロナ禍で声は出せないですけど、でもわかります。ウケてるときとウケてないとき。ぶつかってくるお客さんの、波が乗った、あ、来たって感じます。それは自分が舞台に出てないと感じられないんです。袖から観ててもわからない。やっぱり自分が出て、バシッと決まったときに、お客さんがワッとくる。そうすると自分もそれに乗ってカーッとやるっていうのが、なんかもう止まんないときってあるんです。これを味わっちゃうと、いわゆる快感ですよね。やめられない。クセになる。それが欲しくて、もっとなんかやってやろうって考えるんです」
(2021年10月26日 三吉演芸場)
取材・文 佐野由佳