第4回 「座長の妻」という立場

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笑川美佳は芝居が終わった後の舞台トークで、座長近江飛龍にズケズケものを言って笑わせる。

ラストショー後、座長を中心とした舞台のトークでも、笑川
美佳の声はマイクがなくてもよく通る。

「劇団創設だいたい110周年記念公演」でも、「夜の部も新作の舞踊でお届けします」という飛龍座長に「太鼓も叩くしね」とよく通る声でたたみかけ、おそらく予定にないことを言い出した笑川美佳に「そんなんやめて、ちょっとだけやん。10秒だけやん、ハードル上げんといて」とうろたえる座長。おかまいなしに「楽しみやわー」とさらに盛り上げ、「昔はな、座長の太鼓叩く背中、ほんまにかっこよかってん。あの背中、どこいったんやろ?」と大きな声で独り言を言って笑いを誘う。すると座長も「そうやねん、正面向かんと後ろ向いとって!って。お客さんからよう言われたわ。それってどうなん? 後ろ向いとけって」と乗っかって、最後は「今日は正面向いて叩きます!」と〆る。

「あの背中、どこいったんやろ?」

舞台の上の近江飛龍と笑川美佳は、夫婦であることをあまり感じさせない。だからといって座長と副座長のような関係とも違う。息の合った相棒同士、ふたりにしかない絶妙な間合いで舞台を盛り上げる。

大衆演劇の世界には夫婦で劇団を切り盛りするケースが少なくない。夫である座長とそれを裏方で支える妻、あるいは夫婦で役者だったりとその関係はさまざまだが、基本的には男社会で、しかも人気稼業の芸能の世界で、座長の妻というポジションをどう構築するかは、劇団の人気をも左右する。笑川美佳もまた、「座長の妻」になってから、どういう立ち位置を取るかは試行錯誤しながら探ってきたという。

「私が気を付けてるのは、へんに隠れたりしないこと。なんていうのかな、夫婦になりすぎるのはよけいにやらしい。隠れるのもあからさまやし、あんまりベタベタしてるのも、おかしいし。兄弟のような友だちのような、そういう存在だったら、成り立つんじゃないかと。それは結婚して2年目くらいのときに、近江新之助(飛龍座長の甥 現・浪花劇団座長)が劇団を出て独立することになって、わたしが舞台に出ざるをえなくなって、そんときに、出るんやったらどういう立場でと考えました。ほかはまだ、何もできない子ばっかりやったんです。座長との掛け合いも新之助がやってきたんで。その穴に入らなあかんのに、あんまり嫁っていうのを出しすぎると、えらそうにってなるし。座長の奥さんっていうので考えすぎてた時期があって。で、あるとき、なんか、もう、もうやめようと思ったんですよ。一旦、嫁っていうのをはずそうって。そのときに考えました」

そのことを、あえて飛龍座長に伝えはしなかったという。

「そうしようと自分で決めて、舞台ではそういう立ち位置でいるようにしたっていうことなんですね。舞台に一緒に出てて、嫁やから一歩下がるみたいなことをせんとこうと思ったんですね。遠慮するとなんか失礼やなと。言葉に出さずに遠慮してしまうと、あんたとは仕事できへんわ、あんたの芝居は私に会わへんわみたいな感じにならへんかなと思ったんです。だから、自分から体当たりしていこうと思って。そしたら結構、飛龍座長もちゃんと受け止めてくれるし。いまのびのびやらしてもらってます」

その体制が形になってきたのはこの10年くらいのことだという。

「最初のころ、なかなかのこと言われました。関東では特に。えらそうだとか。あたしが出ると、お客さんがばーっと出て行ったりとか。そんなこともありましたね」

近江飛龍いわく、それは笑川美佳に「そこそこのカリスマ性があるから」だと分析する。むしろそこを逆手に取って、芝居ではきれいどころだけではない、さまざまな役柄をキャスティングし、トークとなれば丁々発止の掛け合いを仕かけた。それはとりもなおさず、第3回でも書いたように、日常の笑川美佳がおもしろかったからだ。互いの日常のよさを舞台でも、と考えた。

「座長は座長で、この体制になるように仕向けたと思います。座長も日常からして、これやっとけなんて上からもの言うタイプじゃないし。いろんなこと一緒にやってくれるし。ご飯つくるのだって、手が空いてる方がやればいいと思ってる。そういう関係を、舞台の上にも持ち込んだらいいと。みんなが楽しくいい時間というのを、目指してきました」

舞台には日常が現れる。家族が劇団の中核をなす大衆演劇の舞台は特にそうだ。息のあった二人の関係が観客を引きつける芸になるまでには、それだけの互いの努力があってこそ。最初からそのような関係が築けたわけではもちろんない。結婚したばかりの頃は、ケンカもしたし、夫・飛龍は妻である笑川美佳に怒ることもあったという。しかし「怒るけど、怒りかえされるので。倍になってかえって来るから、怒るのをやめました(笑)」と夫が言えば、妻は「女の特権ですねん。言葉でやり込める。正論を吐く(笑)」。そんな経験を積み重ね、いまや夫婦円満の秘訣を聞かれたら、夫である座長は「口答えせんこと!」と言えるまでに「悟りを開いた」という。

インタビューの日、あまりに素顔のおふたりの雰囲気がよかっ
たので、急遽ポートレート撮影をお願いした。なんの用意もし
てないという美佳さんに、飛龍座長が帽子を貸すことに。帽子
を取って、「髪、大丈夫?」とスマホを鏡代わりにチェック。

さらにコロナ禍の17ライブで、たくまずして生まれた「大明神」というキャラクターによって(大明神誕生の経緯についてはこちらから読めます)、さらにいい流れができたという。その流れの中で繰り広げられる夫婦トークもまた、近江飛龍劇団の和気藹々とした楽しさにつながっている。飛龍座長が「たぶん女の人は、自分の亭主にあれぐらい言いたいんだと思うんです。大明神がそれを代弁してくれてる」と言う隣で、「それはあるかも」と頷く。ちょっと強めの妻にズケズケ言われる夫、という図式のようでいて、基本的に二人の間には互いを認め合う同士のような爽やかさがある。時間をかけて、力を合わせて、夫婦として、家業を営むパートナーとして、良い関係を築こうと努力してきたことへの共感が、ファンをひきつける。最近は、夫婦で見にきてくれる客もいるという。

予定外の撮影にも関わらず、始終、和やかに。サービス精神に
溢れたキュートな笑顔の数々、ありがとうございます!

その姿に無理がない、嘘がないことが伝わってくるからだろう。

「気取らず、です。昔ですよ、結婚してちょっとたったころ、お客さんから、飛龍さんの奥さんやから、ちゃんとキレイでおらなあかんって言われて。意味がわからない。舞台で化粧してるからもういいし。座長から、もっと女らしくしろとか言われてたら、たぶん、こんな状態にはなってない。あぐらかいてお酒飲んでても、なんも言わへんし(笑)」

一緒に買い物に出ても、見たいものが違うから別行動という二人だが、毎日の晩酌は欠かさない。その時間だけは、二人で過ごす。

次回は、そんな飛龍座長も登場しての、まさかの史実が明かされる座談会「二人のブルース」。

(2024年7月15日)

取材・文 佐野由佳

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