第5回 一緒にやってみたぁ〜い! 里美たかし×山根大

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「美山版」と称される、独自の世界をつくりあげてきた里美たかし総座長。大好きだという歌舞伎の演目も、大衆演劇の舞台にふさわしく、噛み砕いて編集し直す着眼点は、「芝居は引き算や」と言った父の教えを受け継いでいる。かたや、昔から大衆演劇で上演されてきた演目も、何でそうなるの? という理解しづらい展開も多いと感じている。そこに自分なりの解釈を加え、観ている人に伝わりやすいスマートさを大事に、舞台を構成してきた。

 大衆演劇の舞台が、小さい舞台だと思ったことはない。テレビや映画、よそのジャンルの舞台に立ちたいとも思わない。なぜなら、どこにも負けてないと思っているから。僕たちなりのやりかたで、これからも突っ走っていくという。ロング対談、最終回です。

山根 大(以下、山根) この先、どんなところに里美たかしと劇団美山は行きたいんやろうと思う。それを後押しするのが、オレらの仕事やから。2018年に里美たかしの座長20周年記念に新歌舞伎座で公演をやったみたいなことは、もはやゴールとは思ってないやろうけど。

里美たかし(以下、里美) 劇団美山っていうものを確立したいな、というのがひとつ。僕はあんまし、人がどうのっていうのは気にしないんですよ。否定もしないし、人それぞれだから。だって答えがないんですから、どこが終着点かわからないけれども、僕たちなりのやり方でやっていきたい。座長20周年のときに新歌舞伎座で公演をやったのは、おかん(中村㐂代子太夫元)がやりなさいといってくれたのがひとつの縁となり、いろんな縁が重なってあの公演になりましたけど、いまああいう形で大舞台に出たいかといったらそんなことはないし、大舞台に出るなら里美たかしがというより劇団美山でお願いします、という気持ちです。

山根 いまの劇団美山のパッケージなら、もうひとつ大きな器というのは、あってもいいんじゃないかな。

里美 いや、でもですね、僕は大衆演劇の舞台が、小さな舞台と思ったことはないんですよね。

山根 それは嬉しいね。

歌舞伎舞踊の「紅葉狩」をベースにした、物語仕立ての舞踊ショーにも挑戦。5月篠原演芸場にて。トップの写真は、終演後、鬼女(右)のヅラをずらしてほっと一息つく総座長。

里美 大きいから大舞台、小さいから小舞台ってそういうものではないんじゃないかなって。何だったら、そういう大舞台の方々に観にきてもらっても、そこそこオレらやりまっせ、見せますよっていう立場でいたい。

山根 いつもオレは言うてるんやけど、ジャンルに上下はない。どこのジャンルにもあるのは、一流とカスだけや。一流同士は、どこへいってもバーターがきく存在。

大衆演劇ナビ(以下、ナビ) ほかの分野でも対等に渡り合える、ということですか?

山根 そう。いままで大衆演劇でガッツいてるヤツっていうのは、自分が勝手につくった上の概念(大舞台)に行きたいがためのハシゴとして、大衆演劇を使ってきたし、いまでもそうやと思う。でもそうじゃないと、はっきり言ってくれる人間がいるっていうのは、オレにとってはすごく大事なことなんやわ。でないと、自分がやってきたことに誇りが持てないわけだ。オレはこの旅芝居の舞台というものを、誇りあるものとしてやっていきたい。

舞踊の衣裳にも凝る。トレンチコート風に仕立てた羽織コート。裏地と帯が揃いのチェック柄になっている。

里美 僕は、いち大衆演劇の劇団美山里美たかしですっていう形でとりあげられるとか、お話をいただけるんだったら構わないですけど、自分からテレビや映画やどこかの舞台に出たいんや、っていうのはないんですよ。僕は歌舞伎とかが大好きなんで、願いがかなうならば、逆に大衆演劇のほうに歌舞伎の方に来ていただいて一緒にオレらとやる、今度は劇団美山がそっちのほうにのりこんでいって、歌舞伎のやり方でやる、っていうのはやってみたいですね。大衆演劇の劇団美山です、異種格闘技やりませんか? みたいな。

ナビ 笹野高史さんが、勘三郎さんのコクーン歌舞伎に出られたみたいなことですよね。

山根 いつもオレが思うことは、本来、オレらは祭の場の真ん中の、やぐらにいるわけじゃない。けども、いつかやぐらの上でやるんだっていう、そういう気持ちをどこかに持っていたい。里美たかしはやぐらの真ん中にのれる、一緒に行こうと思わせてくれる。いままでの下手打ちも含めて、全部自分の肥やしにして、でかくなって、成長する姿が見られるってことが、僕らにしたらものすごい嬉しいことなんや。

里美 偉そうな言い方になりますけど、あんまり負けてると思ったことないんですよ。勝ってるとかも思わないですけど。勝った負けたとか、思ったことがないんです。だからもし、歌舞伎の方々と一緒に経験さしてもらえるなら、僕、大衆演劇の里美たかしです、今日ちょっとお世話になります、っていうくらいの感じで。

衆演劇ナビ 本来、歌舞伎だって、小さな小屋で熱狂に包まれてやっていたと思うんですよね。江戸時代の人も、こんなふうに歌舞伎を、芝居を、観て楽しんでたのかもなあっていう熱気が、大衆演劇にはあるように思います。

山根 そうやね、たとえば「女殺油地獄」の世界って、浪速クラブの舞台くらいのサイズ感なんだろうね。あの狭っ苦しいところでね。

里美 そうですね。

山根 そういうなかで、いまの劇団美山はどういう位置付けにあるのか。昔僕らが見て育ってきた、それこそお父さん(美山昇二郎こと二代目江味三郎)の時代の芝居、大日方満先生の芝居、樋口次郎先生の芝居っていうのが、自分のなかで旅芝居のなかの雛形としてあったんやけど、昔の先生方が観て違和感があったとしても、いまの劇団美山がやってることが、おそらくいまの旅芝居の姿なんやと思うわけ。そしてやっぱりこの先、ずっと旅芝居の世界を背負っていってもらわないといけない。でもまだ35歳ということで、ゴッド(姫京之助)の年齢までやろうと思ったら、あと27年あるわけや。

里美 また何があるか、わからないですけども(笑)

山根 この先、劇団美山という花がもっと大きくなって、いろんな花を咲かせることになったとき、そのなかには、この令和3年の里美たかしがいたってことは、旅芝居が好きな人は、みんな覚えておいていいことやと思う。いや、旅芝居を観たことない人にも、観て欲しい。里美たかしは、たとえばほかのジャンルのことをやったとしても、それこそ会社員だったとしても、結果を残したと思う。でも、やっぱり役者でおってくれてよかったな、って思うな。

おしまい

     (2021年6月11日 梅田呉服座にて)

文・構成 佐野由佳

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