第1回 二代目小泉のぼるが生きている

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辰己龍子の舞台をちゃんと観たのは、実は最近のことだ。2021年9月の浅草木馬館で上演した「母子港歌」だった。

【トピックス参照】

瞽女の座元ひとえを演じて、辰己龍子は素晴らしかった。生まれたときから身の上に起きただろうさまざまな苦難を黙って受け入れながら、その宿命を懸命に生きるひとえ。そして、ひとえを生きる辰己龍子がたしかにそこにいて、劇中奏でる三味線の音色は、悲しく切なかった。

浅草木馬館で「母子港歌」を上演した日の舞踊ショー。

そうかと思えば、「恋の高岡」では強欲な資産家の母親役を、憎らしいほどの存在感で演じ、はたまた「元禄長兵衛」では、プレイバックパート2の曲に合わせて軽快なステップを踏みながら襖の奥から登場。婿をぎゃふんと言わせる態度のデカイ嫁を演じて場をさらう。「春雨新五郎」の父・新兵衛役では、最後は陰腹を突いて死んでしまうシリアスな役どころながら、ダイヤ座長演じる新五郎の子分せん太との、息のあった台詞のやりとりを愛嬌たっぷりに演じて楽しませる。

「たつみ演劇BOX」インタビューシリーズ、大トリは辰己龍子。座長小泉たつみ、座長小泉ダイヤ、女優リーダー辰己小龍の母であり、二代目小泉のぼるの妻として劇団を支えてきた。夫亡きあと、弟子たちが中心になって集う「のぼる會」の会長をつとめる。そして、芸歴60余年の大ベテラン女優である。

グレート・マザーとでも呼びたいような経歴だけれど、インタビュー当日、昼の部終演後に舞台に現れたご本人はいたって控えめ。シンプルなチェックのシャツにデニムのパンツ、シルバーヘアが素敵だ。「嫁いできてからは、主人の陰にまわってましたから、表に出ることはめったになかったんです。インタビューなんてちゃんとしゃべれるかどうか」と言いながら、小道具で使う座布団を、「どうぞ。わたしは慣れてますから大丈夫」とすすめてくださる。

インタビュー当日、マスクをはずして撮影をお願いした一枚。

「恋の高岡」の感想を伝えると、

「あの母親役は主人が父親役としてやってたんです。主人がやると、もうほんとにそこが二十万両の財産家のお家や、っていうのがわかるんです。主人の芝居は、舞台の上には何もなくても、この部屋の奥にすごいものがあるっていうことを、お客さんに見えるように伝えることができるんです」

辰己龍子もまた、そんな二代目小泉のぼるの薫陶を受けてきた役者であることが、演技から伝わってくる。夫として役者として座長として、とても尊敬しているという。

「常にいつでも、テレビ見てても、何かを思いついたら舞台に取り入れて。どういうふうにしたらいいかって、アイデアをささっと考えて。勉強家ですね。音響のことも、こうしたらいいって自分でつくったり。芝居ももちろん素晴らしかったです。引き出しはいくつでも持ってなさい、ってよく言いました。相手がどう返してくるかわからない。そこに三つも四つも引き出しを持っておけば、どんなときでもあわてずに返せるって。でもわたし、ダメなんですよ。たつみさんなんかは、お父さんからそう言われたように、どんな場面でもほんとに台詞が上手に出てくるけど、わたしは稽古して繰り返し繰り返しやらないとパッと出てこないんです。その部分はもう、衰えてるなって思います。下手をしないように、子どもたちに恥かかさないようにって思ってます」

2021年10月23日、辰己小龍の誕生日公演で、娘、息子たちと。

「母子港歌」は、そんな娘や息子たちにすすめられて上演した舞台だった。

「小龍も勉強家なんで、いろいろな芝居を観て、大衆演劇に合うように脚本をつくるんです。それであの芝居も、わたしにやったらいいとすすめてくれて。ちょうど、わたしの芸道60周年をやったらって息子が言ってくれたんで、やるんやったらそれやなってことで。役として三味線も弾きますから、一生懸命稽古したんですけど、ぜんぜんダメで。三味線が上手いダイヤさんにカバーしてもらおうと思ったら、あの子、ほかの役で出てるから(笑)」

いつだったか、芝居のちょっとした場面で、ダイヤ座長演じる息子の足袋を、龍子演じる母親が無理やり引っ張って脱がせる場面があった。早く脱がさないと、寝そべっている座長は腹筋が苦しい。龍子母はわざとちょっと時間をかけて足袋を引っ張り、苦しそうな息子の顔を見て、面白そうに笑った。ほんの一瞬だったが、いくつになってもかわいい末っ子をからかうみたいな、素の母親の顔がのぞいた気がした。

今回のインタビューのなかで、ダイヤ座長は「母はむちゃくちゃ優しい」と言った。撮影のために、マスクをはずしてもらって撮った一枚に、その言葉どおりの優しさがにじむ。誤解を恐れずに言えば、「普通さ」が際立っている。役者稼業という、大なり小なり外連味(けれんみ)を持たずには生きづらい世界で、こんな笑顔に出会うとは思わなかった。普通に生きろと息子に言った二代目・小泉のぼるの言葉は(小泉ダイヤ インタビュー第2回)、辰己龍子のこの笑顔のなかに息づいている。それが、「たつみ演劇BOX」という劇団の持つ、健やかさ、清潔さの源泉なのだと思う。

第2回につづく!

(2021年10月26日 三吉演劇場)

取材・文 佐野由佳

プロフィール&アンケート

辰己龍子(たつみりゅうこ)

1954年4月17日生まれ。

初舞台はいくつのとき?

5歳。

得意な演目は?

ないです、ないです。好きな演目ですか? 特にこれっていうのはないです。苦手なのはありますよ。意地悪な役とか台詞がバーっと多いのとか。ズボラですから、自分がバタバタするのが嫌なんですね。中の仕事があって開演ギリギリまでうろうろしてますから、最初から板付で顔を塗った役はイヤよって言ってます。おばあさん役は、そんなに塗らなくていいからいい(笑)。

仲のよい役者さんは?

三河屋諒さんは娘みたいに思ってます。

もらって嬉しい差し入れは?

甘いもの。

いま欲しいものは何ですか?

ないですねえ。あ、どこでもドア(笑)。ドア開けたら、はいっ、て次の公演地に行ける。

休みの日は何をしていますか?

パチンコが好きなんで、暇があったら行きます。お金儲けたいとは思わないんですけど、ゲームと一緒で当たったりしたら嬉しいじゃないですか。それにひとりで遊べるでしょ。ひとりで座って、ひとりでできる。

髪型が素敵です。行きつけの美容室は?

実は横浜の美容室で(笑)。娘が紹介してくれたんですよ。早いし、うまいし。黒く染めてたときは、すぐに白髪が目立ってきてイライラするから、金髪に染めちゃおうかなって言ったら、3回色抜いてシルバーにしてくれて。大阪の美容室で同じことやったら痛かったんで、それから時間かけても横浜まで来るんです。お芝居出てないときで、着付けの都合もつくときに「休ませてー。ちょっと横浜行ってくるわ」って。あきれられてますけど、はい。

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