若い頃、舞台を終えたら何をして遊んでましたか?と質問すると、「聞きます? そんなこと」と勝龍治は言った。インタビュー連載の最終回は、舞台の上だけには納まりきらない武勇伝の数々をお届け。それもまた、代々受け継がれてきた血筋であるらしい。豪快なエピソードはどれも、大衆演劇が、町が、人が、いまよりもっと混沌として元気だったころの、活劇を観るようだ。
「悪いことばっかりしてましたよ」
たとえば?
「まあ、博打やねえ。20代のころですよ。これはまあ、自分が好んで行ったんじゃないんで、先輩に誘われたんが癖になってね。しばらく行ったけど、これはもういかんなと思って、1年くらいでやめましたけどね。テレビや映画でやってるような、サイコロ転がして丁半ってやったり。ご存知かな、花札みたいな、博打場」
結構、賭けるんですよね?
「賭けますよぉ~。何十万単位で賭けるからいかんのです。役者道楽者っちゅうのは、そういうとこから言われるよね。競輪、競馬、いうのんは嫌い。自分で触るもんは全部しました」
触るもん!なるほど。当時の何十万って、いまでもですけど、すごい額ですね。一番勝ったときでどれくらいですか?
「あのねー、勝ったことは忘れます。なぜかと言うと、僕個人で勝っててもね、負けてる奴が一緒にいて、ちょっと回してえな~って持ってったら負けよるから。たしかこんだけあったはずやのに〜そっち流れていったんやな〜。せやからまともに勝って帰ったことって少ないね。覚えてないくらい」
大負けしたのは覚えてますか?
「大負けですか? 財布すっからかんになった、100(万円)くらいは」
一晩で?
「一晩もかかりませんよ。一回、20、30張るんやからね。100万くらいすぐ。のうなったらないわ~いうたら、一緒にいた奴も負けとるさかい、帰ろか~、車賃ないなあ乗りつけや~って。そんなことをね。それはもううちのおじさんの代から。おじさんのなんか、もっとひどいからね(笑)。売上を全部持っていくんやから」
3000人の劇場をいっぱいにした売上ですか?(註:第5回を参照)
「そうそうそう、そんなんもう平気。だからもう、そっちのほうで有名な男やったんでね。うち、おやじも好きやったし。しまいにお母さんがね、売り上げのお金持って、届けに行ってたね。勝ったり負けたりもあったらしいけどね」
腹くくってますね、お母さん。
「昔の劇団って、ヤクザ屋さんがよく出入りしててね。行く先々で土地の親分さんが、必ず顔出さはるんでね。まあまあ、無事に公演したかったら場所代払いなさいよ、ってことなんですけど」
みかじめ料ですね。
「ほとんどの劇団やられてたとこが多いんちゃいます? 僕らは嫌いだから出さんかったけど」
払わなくても大丈夫なんですか?
「大丈夫じゃないですよ。劇場に来よるからね。迎え撃たないかん。ガチャガチャーッて、裏も表も戸を閉めさせて、数はこっちのほうが多いからね(笑)。閉めてしもたらもう中へは入れないから」
興行中に嫌がらせされたりしないんですか?
「ありますあります。そないなったら幕閉め~言うて。お客さんに迷惑かけたらあかんさかい、『今日はこれで終わります、事情はまた明日』。とりあえずお客さん、追い出さな」
ほんとに戦うわけですか?
「そうですよ。子どもながらおもしろかったし。横から棒持ってきて、後ろからカパーッてど突いたり、子どもやから。うちが負けてんの見たことないねえ」
追い出すんじゃなくて、ケンカ出入りですか?
「そうそうそう、負けたらお金払わないかんから。お商売ができなくなる。死活問題やから(笑)」
勝てば払わなくていいんですか?
「向こうが負けたら、上(幹部)連れてくるでしょ。昔のヤクザ屋さんって、上の人はカッコよくおりたい人が多いから。『わかった、お前ら、こんなええ役者いじめたらあかんやんけ』って、なかには。『ものわかりのええ親分さんですねえ』いうことになると、『ええか、お前ら、役者守ったらなあかん』って」
役者のほうが、まさに役者が一枚上ってやつですね。
「そんなこと多々あった。痛い目にも合いましたけどね」
そういうときに、興行主とか劇場は助けてくれないんですか?
「助けられません。興行主も会社やのうて個人やから、そんな力ない。小屋主さんも慣れてはるんとちゃいますか? 自分らは小屋代は小屋代で、お金払ろうてるかもわからんけどね、相手は役者に取りに来てるから。知らん顔してたと思いますよ、聞きもしませんでしたけど」
そういうことは、いつごろまであったんですか?
「いくつかなあ、僕が二十歳代まであったんちゃうかな? 東映のヤクザ映画、高倉健さん、鶴田浩二さんやとか、梅宮辰夫さんとかに憧れてるチンピラさんが、ザーッて入ってくるからね」
ほんものですもんね。
「役者のなかにも、刑務所に行ってた人も何人かおるんでね。どこどこ組におって、そこから逃げるために役者なった、そんな人らおるさかいに、その人らが慣れてるからね」
どっちがどっちみたいな。
「うちの親父も戦争行っとるから強かったです。シベリアに2年も。どんなとこか知らんねんけど、とんでもないとこでしょ? その兵隊の団体のなかで、おやじは親分やったらしい」
写真で拝見しても、親分が似合いますね。
「戻ってきてから、当時一緒だったっていう人がおやじを訪ねてきて。くる人くる人が、みんなヤクザ屋の親分さんやもん。ほんま、20人いたら20人とも。立派な親分さんが、おやっさーんとか、兄貴!とか、うちのおやじのことを呼ぶわけですよ」
親分のなかの親分ですね。
「おもしろい時代というか。ケンカに勝ったからねえ、おもしろう話できるけど、負けてたらぺしゃんこや(笑)」
それで劇団を潰されることだってあるわけですよね?
「そりゃ、まあねえ」
結婚されたのはおいくつのときですか?
「親がいろいろ反対しよったんでね、知りおうてから長くなったんですけども、はるか(劇団代表の晃大洋)がお腹に入ってやっと結婚できたんです。だいたい僕が28、29ですか。女房は役者の子やったんです。新川劇団のリーダーの博之の姉なんでね。恋川(桐龍座恋川劇団)の鈴川真子が妹。親子でうちの劇団におったんです。僕が弟と劇団こしらえたころ、はるかが8カ月くらい、そのときは無理やり舞台に出とったんだけどね。歌えるし、踊れるし、若かったし、まあ、かわいかったし(笑)。僕なんかの姿を見るのが嫌なんやね。役者やめて大阪で商売やってました」
お子さんはおひとりですか?
「いえ、もうひとり女の子がおります。女の子っていうても、おばさんですけどね」
お酒はお好きですか?
「好きですよ。でも、いまは一人酒でしょ。飲むっていってもたかがしれてる。うち僕のほかは誰も飲まんから。揃うて外に食事に行っても飲むの僕だけやからね。早い早い。みんなごはん食べて『帰ろかー』って、『おいちょっと待てよ』と言うくらい」
一番飲んだときはどれくらいですか?
「いままでねえ、年代でも違うもんねえ。最高に飲んだんが、日本酒で二升五んごう(合)」。
ええっ?!
「僕らのころは、ヘネシーの時代やから。ブランデーね。劇団の座長連中は、トップはみなヘネシー飲みよった、負けじと。ビアグラスで飲むもんやから、1本が1杯ですわね。だから、まあ、一晩で3軒くらい行くんやけど必ず1本ずつおろして、なくなったら次おろしていう感じの飲み方して。それでよう、舞台出てた思うね(笑)」
今日までよくご無事で。
「入院てのしたよ、70の声きいてからですけど。それまでは、病院は見舞いには行っても、来てもうたことないし、お世話になったことなかったんで。コロナ流行る前、初めてね。早期発見。内視鏡で切って。ほいでそれから半年に一回ずつ検診。ほなまた見つかった。いっぺん切ったさかいに切ったほうが早いねえ、て言うからはよ切ってくださいよって2回目。今度は短かったねえ。コロナで長いこと病院にも置いてくれないから。でも、退院したら酒飲めるなあって思ってた」
飲んで大丈夫なんですか?
「病院で先生が『あんた、酒好きやろ?』『好きですよ』『毎晩飲んでんの?』『毎晩飲みます』『できるんやったらワインにしなさいよ』『ワイン嫌いやけどねえ。ほんまは焼酎と日本酒が好きやけど』『ワインやったら赤ワイン、それやったらある程度大丈夫やから』『はい、わかりました!』って素直に聞きました。いまもう、赤飽いて白飲んでますけど(笑)」
……。
「それもちょっと飽いてきたから、お湯割りの焼酎を内緒で。うるさいからね(洋さんの部屋のほうを指差しながら)」
仲のいい役者さんはいらっしゃいますか?
「大日方満くんとは、若い時分から仲よかったんでね。お互いにね、難しい言い方は好まんから、僕のこと、いさを(二代目小泉いさを)やから『いさやん』、大日方章彦やったから『あきやん』って呼び合いしよかっていうことがすでに十代、二十歳前後から始まってたんでね。いまだもって会えば、元気か~いうて。どっちが年上かわからん。どっちも酒好きやから。酒入ったら『いさやん、しっかりしなあかんで』って。おもしろい。安心して話せる。舞台でもしっかりしてるしね、あの人」
ほかにもいらっしゃいますか?
「もうみんな亡くなってるからね。あとは僕とご一緒してくれた人ぐらいしか覚えてないね。嫌いな人あげたらなんぼでもおるけどね。本人おらんと陰口なるさかいねえ。本人おったら言うたんねんけどね。お前嫌いやって平気で言えるから。嫌いでもそれぞれわけがあって嫌いなわけやから(笑)。人間やから好き嫌いあります」
好きな食べ物はなんですか?
「おやじがね、粒あんが好きで。こしあんより粒あん、これ親譲りで好きです。なんでも食べるけど、嫌いなもの聞いてください。そのほうが早い」
嫌いな食べ物はなんですか?
「数の子。あれが一番嫌い」
好きな女性のタイプは?
「おとなしい子かやんちゃな子か、どっちか。中途半端なのはイヤ。どっちかいうたら、かわいい系が好き。八千草薫さん、十朱幸代さんとか。美人系も好きやけどもー。山本富士子さん、あの人はきれいすぎてね、どうも合わない」
合わないって(笑)
「あなた、どなたに似てるって言われるの? マスクしてるから顔がわからん。さっきから人のことばっかり聞いてるけど」
え、わたしですか? まさかの質問返しですね。勝先生はどなたに似てると言われますか?
「ぼく? 若い時分はね、津川雅彦。ファンの人から言われた」
あ、わかります。似ていらっしゃる。
「ところが、あの人とは鼻が似てない。あとは北大路欣也さん。ただし、若い時分よ。いまよりね、目目がもっと大きかったのよ」
いずれにしても二枚目路線ですね。
「で、あなたは誰に似てんの?」
えっと。(返答に困っているうち棚に置いたカツラに目がいき話題をそらす)。あんなところにハゲと書いたカツラが。
「そうそうそう、ハゲヅラ。かぶらんでもええんやけどね」
(一同大爆笑)
おしまい
(2022年6月12日 三吉演芸場)
取材・文 佐野由佳