第2回 アドレナリン出まくりですよ

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2018年4月、「たつみ版 夏祭浪花鑑」を篠原演芸場で観た。前年に、小泉たつみの座襲名20周年記念公演として上演した舞台の東京公演で、実はそれが、小泉たつみの舞台を観た最初だった。友人が長蛇の列に並んでくれギリギリ入れた席は、2階のさらに一番後ろで、壁を背に舞台を覗き込むような場所だった。それくらい、場内は溢れんばかりの観客が入った。

配役は、小泉たつみの団七九郎兵衛。一寸徳兵衛に小泉ダイヤ、釣船三婦に浅井正二郎、団七女房お梶に浅井春道、徳兵衛女房お辰に三河屋諒、三婦の女房おつぎに宝良典、そして義平次を辰己小龍という豪華な顔ぶれ。幕が開くと、そこは一気に江戸時代の、浪花の住吉の、暑い暑い祭りの日の景色になった。町人たちがこれから始まる物語のあらましを、口々に語ってその世界に引き込んでいく。

迫真の泥場は、本水を使って舞台の上に池と井戸がしつらえられ、最後に団七が役人に追われる場面では、逃げながら飛び移る家々の大屋根が動いてせり出してくるという大仕掛け。そのなかを、狂ったような祭囃子にあおられながら、ざんばら髪の団七が駆け回る。クライマックスは、逃げる団七が花道から2階席に渡した梯子を駆け上がってきた瞬間。上り詰めて見得を切る小泉たつみ団七に、劇場中から拍手と歓声が上がった。劇場が揺れた。それは2階の壁の際にいてさえ、震えるほどの熱気と熱狂だった。ああ、江戸時代の人たちも、こんな風に歌舞伎を観ていたのかもしれない、こうやって芝居を観ることで、人は救われてきたんだと、興奮した頭で思っていた。気がつけば、隣で相棒のカルダモン康子が泣いていた。「悔しい」といって泣いていた。それは感動の涙であり、自分が信じてきた何かを覆されたような敗北の悔し涙でもあったらしく、歌舞伎好きで複雑系なカルダモンらしい最高の賛辞なのだった(と思う)。

歌舞伎の演目である「夏祭浪花鑑」をアレンジした芝居は、いまでこそ大衆演劇のいろんな劇団でやるようになったが、「たつみ演劇BOX」はその先駆けともいえる。

「初演は35歳のときに、朝日劇場だったんです。これはDVDにして販売しました。そののちに、羅い舞座京橋の合同公演でやったんです。自分の祭りの日に。昼一回の公演で。僕のなかではそれが最高の出来でしたね。配役は篠原のときとほぼ同じですけど、義平次を金沢つよし座長にやってもらいました。これがまたよかったんですよ、ものすごい意地悪な感じで。泥は使えなかったんですけど、本水使って、篠原さんとこの道具借りて、屋根をローラーで浮かすやつと、背景幕つくって。そこで、陰で立回りやったあとに演出変えようって言って、幕を紙でつくってもらって、捕手と僕らが幕を破ってバラバラバラッと出てくる。客席に梯子持っていって、サスマタかけててっぺんまで昇って。怖かったですけど、もうアドレナリン出まくりですごかったですね。一番いい出来だったのに、それは映像で残してないんですよ。でも篠原のときもそうですけど、お客様の反応と、役者の演技とがぶつかり合ったときに最高の空気が生まれる。その生の舞台の熱気って、やっぱりDVDじゃイマイチちょっと伝わりづらいとこですよね」

「たつみ版 三人吉三」も好きな演目のひとつという。

「33歳の誕生日公演のときに、サンサンだからやろうかって。軽はずみなことを言ってしまい。僕が和尚で、ダイヤがお坊、姉(辰己小龍)がお嬢。歌舞伎の演目をアレンジして、うちなりにつくり替えたようなお芝居って、やってて大変ですけど心地はいいです」

こうした演目は、こんな芝居をやってみたいというオーダーに対して、辰己小龍がオリジナルの脚本に仕立て、さらにそれを実際に演じる座長が稽古の段階で練り上げていくという。

「普段やってる、大衆演劇ならではの芝居と違うものを、と考えたんです。だからって、当然、僕らが歌舞伎をできるわけじゃない。歌舞伎の演目を、大衆演劇のよさを活かしながら観やすくするっていうのをつくるのが好きなんですよね。もっと入りやすい、観やすい。でもなんか、いつもの大衆演劇の芝居じゃないっていう。随所随所に、歌舞伎仕立ての感じを入れていく。ずっと観てて、お、急に雰囲気変わったなっていう入り方が大事なのかなって思います」

参考にするのは映像である。それもできるだけ古いものも観て、演出を考える。

「僕自身、そんなに歌舞伎をたくさん観たことないんですよ。その芝居をやらなきゃいけないってなったときに、いくつか資料を送ってもらって観るんです。あと、古典に詳しい姉にすすめてもらったり。亡くなった中村勘三郎さん(十八代目)、歌舞伎の世界に若い世代のファンも増やしていこうとされた、すごい方だと思います。当然、勘三郎さんの『夏祭浪花鑑』もお手本にしましたし、あと、吉右衛門さんの舞台も。勘三郎さんのお父さん(十七代目)が義平次をやっているのも観てみたりすると、泥使って、こういうふうにやるんだ、なるほど、こんなに全然違うんだって。いろいろ参考にしながら」

来年、座長襲名25周年のタイミングで、「たつみ版 三五大切」を再演したいと考えている。

「1回だけ昔やったんですよ、新開地劇場で。そのときは、僕は不破数衛門をやって。若丸さんにゲストで来てもらって三五郎やってもらったんですよ。ちょっとこう、遊んでにぎやかにやってくれるんで、1回リクエストして。すごい真面目にめちゃくちゃやってくれました。あれは気持ちよかったですね。もうお客さんが2階席までパンパンで入りきれないくらい。乗り込んでいって斬るところ、2階に部屋つくってくれて、人形つくって斬ったあと落としたりとか。難しい芝居ですけどね。異様な役ですから。狂うて、女殺して、子ども刺すシーン、わかっててもお客さんイヤーーー!って言いますから。で、首置いて、茶漬け食うて。最後、そのままだと暗いまま終わっちゃうんで、演出を変えて、派手に終わろうと。後ろにセリがあったんで、きれいになった三五郎と女と奴とぐーっと上がってきてそこで、浄土に召されたみたいな感じでチョンチョンチョンチョン。これがウケたんですよ、雪ブワーッ降らして。新開地劇場だからできたっていう舞台でしたね。最初切腹のシーンから始めたんですよ。もう何もかも終わって、ワーッてほめたたえられて、赤穂浪士、日本一の侍だーって言われてるときに、拙者はもう立派な侍ではない、鬼でござるって言って切腹して、一景目舟の場面から始まる。どんなに編集しても2時間かかるんです。大変でした、台詞と稽古が。でも来年、再演できたらいいかなと思うんで。ゲストを呼ばないと人数足りないんですけど、ダイヤが三五郎、ライトに奴を練習させて。あと2人か3人来てもらえば、自分の25周年のときにそれができたらいいかな、お昼一回でね。歌舞伎もそうですけど、古いものをやるっていうことが、いま特になくなってきているので、よけいに、それが新鮮に感じるんじゃないかな。うちの劇団には、祖父の代からやってるような古い演目もあるので、それはひとつの特徴なのかなと思います」

第3回につづく!

(2021年10月26日 三吉演芸場)

取材・文 佐野由佳

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