第5回 「えぇ座長になれよぉ~」

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舞台中央に座布団がひとつ。上手からふらりと出てきていきなり座る。舞踊『浪花しぐれ「桂春団治」』の一曲。お酒を飲んだり、キセルをふかしたり、歌詞につかず離れず、噺家らしい仕草をしながら踊り続ける。踊るといっても、鵣汀はずっと座布団に座ったまま。それなのに、やたらと面白いことが不思議でならなかった。

「あれはもともと二代目小泉のぼるの芸なんです。親父の師匠です。僕は見たことなくて、13年前の三吉演芸場で昼の部、普通に立って踊ってて、総帥から『昔、のぼるが座って踊っとったんや、座布団一枚でなぁ。落語しゃべってから踊ってたんや~』って教えてもらって。小泉のぼるは総帥の弟なんで。いま誰もやってないなと思って、夜の部でやってみたんですよ。棟梁さんが、むっちゃよかった~って言ってくれて。そこからずっとやってます。僕、春団治好きなんですよ。あの人の人生も好きで」

令和の春団治になりたい、と言う。

「芸人っていうのはそういうもんだっていう古い考えをもっていて。だから、一度だけですけど、『猫の皿』っていう落語をしゃべったこともありますね、踊る前に。短い噺ですけど。京都で、当時の春団治さんの落語を聴いてたときがあって。その時に知り合いの落語家さんが出てはって。で、その人がお衣裳くれはったんですよ。それが、この間着てた衣裳で。落語家さんの衣裳なんです。春団治を踊るとき、芝居の春団治の衣裳を着るというやり方が多いですけど、なんだろう、落語家さんがわざわざくれはった着物を着て出るということに意味があるんだろうな、と」

新開地劇場の会長も、襲名のときのかつら屋の親方もしかり。その噺家も、鵣汀の芸との向き合い方に心を打たれて、自分の着物をあげたくなったのだろう。着てほしいと思ったのかもしれない。そう思わせるものが、鵣汀にはある。

「全部、勉強しましたよ、落語家さんの動きを。知り合いの落語家さんに根ほり葉ほり聞いて、高座も全部聴きにいって、どないしてやってんねやろうって。YouTubeで当時の三代目やったかな、桂春団治の癖を見て、これは初代と一緒なんかなぁと思いながらやっていて、なんやわからへんなぁと思ってるときに、 藤山寛美さんの春団治を見つけるんですよ。それを、それこそ座長襲名が終わったばっかりの夜、『明日、山根の会長のお見舞いに行くから、早よ寝ぇーよ』って親父に言われてたんですけど、夜中の1時半から観始めて。ひとつのDVDが2時間近くあって、しかも全部で3巻。ビービー泣きながら観終わったら、朝6時過ぎてて。最後のほうの台詞なんか、寛美先生も自分に言ってんのやろうなあって思うし、名優とされる方々はみんな、こない思って死んでいくんかなって」

ラストシーン、三途の川を渡るというていで、人力車に乗った春団治こと藤山寛美が言う。「若いときから大阪落語の古い形をつぶしてやるって無茶苦茶やったけど、新しいもの、こしらえて残しとくの忘れたな。もう7〜8年寿命が欲しかったなぁ。まぁ、あとのことはあとに残ったもん、また次に出てくる若い新しいもんがやってくれるやろ」。

襲名の舞台でヘトヘトなうえに、ほぼ寝ないまま号泣。

「目ぇ真っ赤なまま山根の会長のお見舞いに行ったら、会長に『お前、そんな頑張ったんか~』って言われて、ハイって(笑)。お見舞いは二人で行ったんですよ、当時一緒に襲名した方と。その方だけ表に出て、僕も出ようとしたら、忘れませんね、山根の会長に呼び止められて『えぇ座長になれよぉ~』って言われたんですよね。『親、大事にせぇよぉ~』『ハイッ、ありがとうございます!』って言うたの、すごく覚えてますね。『えぇ座長になれよ~』って」

期待されるほどの役者になることができたのは、父のおかげでもある。踊りの稽古もハンパなかった。

「鬼のような師匠やったんで、父親が。ひざをくくられて、1時間くらいずっと歩かされてました。女形の歩き方の稽古やゆうて。めっちゃ厳しかったんで。明けても暮れても女形やったんで。女形きわめなさーい、身長ちっちゃいしーみたいな感じやったんですけど」

女形は嫌いだったという。

「今も嫌いなんです。こないだ、おそろしいことがわかって。僕、ずっと十代の頃から、自分のファンは女形が好きなんやと思ってたんですよ。ご贔屓さんとかもみんな。ついこないだね、ご贔屓さん全員、立役が好きって言われて、エッてなったんです。え、嘘でしょって。それが十周年のときにわかったんですよ。みなさんがお着物作るってなったときに、誰ひとりとして女形の着物がなかったんですよ。あさひやさん(着物屋)も驚いてて。昔っからのご贔屓さんですよ。座長なったときからのお客さんもいはりますけど」

ファンはファンで座長は女形が好きだと思っていたのだろう。鵣汀のファンが我慢強いというのは、なにかこう、しみじみと微笑ましい。座長のファンはおとなしい人が多いのかと聞くと、

「みなたぶん、僕のことが怖いんですよ、はっきり言うんで。自分のイヤなものはなんぼプレゼントしてもらっても着ないんで。絶対着ない。何百万、何千万してても着ないです」

だから、座長が好きなのを作って、ということになるのだが。

「あ、そうなんか、だからそうやったんですよ。お客さんは女形が好きだと思ってるから、『女形作るね』って言うと、『あ、ごめん、もう一枚立役で作っといて』って言われるんですよね。『二枚ももらえるんだ、ありがとう』って言ってたんだけど、僕が女形って言っちゃうから、お客さんはもう一枚って言ってくれてたんですよね。だから、謝りましたもんね、ごめんなさいって」

「でも、そのおかげでもう女形しなくていいんだって思ったんですよね。ご贔屓がそうやったらいいやって。女形はべつにぃ~って。だから、立役でいいんだと思って、この間ゲストに行ったときに立役二本踊ったんですよね。そしたら送り出して集団で囲まれて、『なんで女形しないんですかッ!』って(笑)。どっちなんだよって思いましたけどね。ああ、もうこれは両方しないといけないんだって(笑)」

鬼の女房に鬼人とやら。助六の台詞ではないが、鵣汀の贔屓が十年以上もじっと言わずにいたというのが、なんとも鵣汀の贔屓らしい。爆笑しながら、いい話だなぁと思った。贔屓に恵まれることも役者の実力のうち。思いが強い、愛情あふれる贔屓がいてこその役者の幸せを思った。


                    第6回に続く!
                         (2023年11月28日、12月7日  三吉演芸場にて)
                            取材・文 カルダモン康子

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