第2回「普通に生きろ」と父は言った

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師である二代目小泉のぼるは、舞台にはとても厳しい人だった。そして、父としては優しく楽しい人だった。姉や兄に比べて、父と過ごした時間が一番短い小泉ダイヤは、心残りがあるという。いま自分たちの舞台を観たら、父は何と言うだろうかとよく考えるという。

「この役をどう演じるかということを、いちいち稽古のときに、親父はやってみせたりはしないんです。でも、たとえば舞台が終わって、おつかれさまでしたって挨拶に行くと、ドーンと座ったまま、今日の芝居のあそこは、もっと悔しかったら悔しいということを表現しないといけないから、下からぐーっと声を出してって言いながら手振りで教えてくれたりすることはありました。一緒にご飯を食べに行った先で、今日の芝居のあそこは?ここは?っていうようなことを聞いて、じゃあ次回からそうしようと思ったり。だから、わざわざご飯に連れてってーと言ってみたりして。そこは親子になってしまうんですけど。仕事以外はめっちゃ楽しい人なんで。僕はずっと親父って呼んでました。当時は、まわりの人は先生って呼んでましたけど、先生って呼ぶなって嫌がるから、ずっと親父でした。言葉は絶対の敬語でしたけど」

二代目小泉のぼるは、52歳という若さで亡くなった。

「僕は父との思い出は21年しかないので、心残りはありますね。心残りっていうか、いまの舞台を観てほしいなっていうのは思います。どんな反応するんやろって。こんなんやってたら怒られるんやろうなとか、よく思います(笑)。父はね、いつも『普通に生きろ』って言ってたんです。普通に生きるのってすごく難しいけど、でも普通に生きられるようになりなさいって。簡単に言うと、受けた恩は返すとか、義理人情は大事にするとか。当たり前で普通のことなんだけど、そういうことをはずさずに普通に生きなさいっていうことは、すごく言われました。普通におる。ほかにもいろいろ言われたことはあるし、父が思うような人間にはなれてないと思いますけど、そこはすごく大事にしています」

一方、母・辰己龍子は「めちゃくちゃ優しい」という。

「とりあえず優しい、とにかく優しい。まあ、母親なのでね、子どものころは注意されたことはありますけど、それくらいで。怒られた記憶はほとんどない。踊りをよく教わりました。女形をやるようになってから、知識もないので教えてもらってました。父の相手役をやってきた人なので、僕らの代になって相手をやってくれるときも、とてもやりやすい。というか、やりやすいように合わせてくれてるんやなあって思います」

初舞台は4歳のころ。小さいころから、舞台を観るのは好きだったという。

「ちょっとヘンな子だったので、僕は。兄とか、まわりにいるのは年上の人ばっかりだったので、その人たちが舞台に出てるのを観て、オレだったらこうやるのにとか、もっとできるのにって思ってて。未熟なくせに勘違いして。だから、やってやる!っていう気持ちでしたね。それと小学校3年生のときに、父から舞台に出るか、それともほかの仕事をするか決めなさい、と突然言われて。そこまで、考えてなかったので、あ、やりますって答えました。決心したっていうか、この流れはやるしかないなって感じで。そのころって、体が大きくなってきて、子役で出るには大きくて、大人の役で出るには小さくて。その間は楽屋で化粧の練習したり、当時は生バンドで演奏しようかという話があったんで、9歳か10歳くらいからギターの稽古をしてました。12歳の終わりくらいからは、ある程度体も大きくなってきたんで、子分とかちょっとした仕出し(通行人などの端役)とか舞台には出るようになって、オレだったらできるなんて思ってたんですけど、そんなはずもなくて。結構、ぶち当たって、いまに至るって感じでしょうか(笑)」

去年、体調を崩したことがあった。いろんな人に支えられ、今日があるという。

「舞台のときは楽屋では明るくしてますけど、実はすごく沈んでるときとかもあって。人間だから気持ちの浮き沈みはあって当然なんですけど、ちょっとこれが激しい。ここ(胸のあたりを触って)がヘンだなって思って、オレは気分屋やから、こんな感じなんやろうと思ったんですけど、去年突然、舞台が怖くなって、いつも踊ってる舞踊なのに、足が震えて前が見えなくなったことがありました。あれ、どうしたんやろうって思って、病院に行ったんですけど。そのときね、とりあえず休むことが先決だって病院の先生に言われて。思ったことをやりなさいと。いや、ストレス溜まってるってことはないですけど、って言ったんですけど、ともかく仕事は休みなさい、たとえ1日でも2日でもいいから休みなさいと。帰って兄貴に話したら、舞台は何があっても絶対に穴をあけないし、あけさせない人なんですけど、休め、家に帰って酒飲んでこいと。さすがにそれはと言ったら、もういいから、3日くらい休んで、自分のやりたいことせいって言ってくれて。来なくていいから帰って帰ってって。お姉ちゃんも、たつみさんがやってくれてるんやから、大丈夫やでって。結局、2日間だけ休みました。頼もしい、姉と兄なんです。いろんな人に助けてもらって、いまはだいぶよくなりました」

第3回につづく!

(2021年10月12日 三吉演芸場)

取材・文 佐野由佳

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