第7回 役者は40過ぎてから

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「がんこ座」ではじめて満劇団を観たときに、JRの駅からも遠い国道沿いの小さな劇場が、伝説の旅役者の公演地としてはさびしい気がしたのは事実だ。大所帯を率いただろう全盛期から、いまは家族を基本にした小さな座組のなかで旅を続ける、一時代を築いた役者の長い人生を思った。けれども今回のインタビューを通して、さびしいなどと思うのは失礼なことだと思いをあらためた。いつの時代も、いいときも悪いときも、その荒波から降りることなく、自ら鍛えた腕一本で航海をつづけている大日方満なのだから。

「座を持ってから苦労したのと、お客さんの入りが少ないのはよくありましたから、いい時代、よかったなあっていうのは、ほんまに半分もない。自分のいいときがいつ頃かは、なんとも言えませんけど、人からはやっぱり役者は40過ぎてからやなってよく言われました。50になってから、本当に座長も変わったなって言われましたし。楽しかったっていう、そういうのもあんまりないですけど、しいていうなら、いちばん楽しかったのは松竹から帰ってきて、ちょっと人気があって、夜の舞台がすんで稽古終わったらミナミに飲みに行ってたころかな(笑)。40代。それまでは本当に、自分で言うのはおかしいけど生意気さと真面目さと、両方でしたね。生意気は生意気だったですよ」

お酒はよく飲んでらしたんですか?

「酒いうたら、浴びるくらい飲んでました。もうとにかく、大阪から東京に行くまででも、電車のなかで窓際にこないして、ウイスキーのちっちゃいのズラーっと並べて。ほいで自動車乗ったら、コーヒーを置くところ、あそこにカンカンを。朝起きておはようございます、おはよー言うて、本番30分前さあ化粧しよう、もうほなビール1本、飲んで。ほいで芝居やっとって、入ってきたらまたビール飲んで、ジュースがわりというかね、その時分。ずーっとビール飲んで。夜になったら、ウイスキー飲んでね。相手によったら、ウイスキー飲んだり日本酒飲んだりして。それがもうバチあたって7年前にガン。言われたときに、ガーン」

先生、笑えないです。

「強気ばっかりやったから、そんなときはガクっときますよ。それから一滴も。なんぼ孫や娘やらからすすめられても。そのあとも2回切ってるけど、ほんとに飲んでない。いまこうしていられるのは、みんなのおかげやと思ってねえ。できるだけ、僕も役者しかすることないし。いまはもう孫に託して、忍が座長になった姿だけ見て、息引き取りたい。それがもう夢です、わたしの。家内もそう言ってます。もうあと2年、2年がんばって、襲名だけはね。自分が出なくてもいいから、舞台袖からでもいいから、やっぱり紋付着せてねえ」

いや、そんな、舞台に三代揃う姿をみんな観たいと思います。

「いまのうちやったら、孫が襲名するからって言ったら、イヤでも来ないかん人もあるやろうし、一応は来ないかん人もいる。僕が生きてる間は。もちろん、山根の社長が力になってくれると思いますし。大阪の連中もみんな、おそらく僕が声をかけたら来てくれる。だから、できるだけがんばってるんですよ、ほんまに。娘も、このまま大阪だけで終わりたくないと思ってるでしょうから、孫の代になったらすぐにまた東京にも行けるように。東京は僕自身は何度も行って知ってるし。篠原さんたち、みんな知ってますから。篠原さんのお父さんの代から、いまの会長(註・インタビュー時)が高校生の時代からですから。あの人も達者でしたからねえ、舞台つくるのも達者だしねえ、絵を描くのも上手だし。前会長が厳しいお人だったから、浅草の木馬館の劇場の前でねえ、台を置いて、ずーっと看板を描いたりとかねえ、絵看板も、みな描いとったんですよ。木馬館ができたときに自分とこの法被を着て、浅草の雷門のところでちらしを配っとったのをよく覚えてます。一緒に酒もよく飲んだし。あの人のお兄さんが鮓屋やっていて、アキちゃんいう、僕と同じ呼び名でね。その人も亡くなりましたけど。だから、大衆演劇、役者、芝居も一緒ですけど、変わっていい、時代に流れて変わってもいいけれども、やっぱりそのまま残してほしいものは残してほしい。僕は、古い芝居でこの台詞は言いなさいよ、この格好はしなさいよという、そういう決まりもんというのはあるじゃないですか。それだけはやっぱり残してほしい」

大日方先生の大衆演劇講座をやりましょうか。

「そいうのはうれしい。僕もできたらと思うんですけど、絶対に今の若い子はそれを聞きに来るかって言ったら来ないと思うんです。来なくても、なんとかして盗んでもらったほうがいいんです。盗むくらいの根性のある人やったらね。そら結構だと思いますよ。これだけは崩してほしくないいうようなのがありますからね、僕らは」

気がつけば、夜の部が始まろうとしていた。アナウンス、大丈夫ですか? すみませんとあわてていると、「いや、大丈夫です。ひょっとしたらお客さん来てないかもわからへん」と、大日方満はいたずらっ子みたいに笑った。

伝説の旅役者は、伝説のなかなんかではなく、今日も舞台という荒波のなかにいる。簡単には舞台に立たないことを自分に課すことで、役者人生を戦っているように見えた。

(2021年10月17日 演劇館 水車小屋)

取材・文 佐野由佳

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