たつみ演劇BOX「母子港歌」 小泉たつみの言葉にならない言葉を聞く

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 たつみ演劇BOXの「母子港歌」を、浅草木馬館で観る。

 目に見えないもの、言葉にならないもののなかに隠されている情の深さが、舞台の上から溢れてきて胸がいっぱいになった。

 「母子港歌」は、旅をかける瞽女(ごぜ)の一座と、大店の女将と主人、その息子たちである兄弟それぞれの、長い歳月の交わりを通して、人間の業と、母を思う子と、子を思う母の情感を描く物語だ。

 物語の前半、瞽女の座元ひとえを演じる辰己龍子が三味線を奏でながら唄う「葛の葉子別れ」が、盲目の旅芸人として、人並みの幸せとは無縁に生きてきた女の人生をにじませ、一気に物語の世界に引き込んで行く。恩返しのために人間に姿を変えた白狐が、恋仲になった男との間に子をなすが、やがて狐であることが知られるところとなり、愛しいわが子を人間界に置いて森に帰っていかなければならなくなる。この瞽女唄「葛の葉子別れ」が、物語の隠喩になっている。

 子どものころから大店の跡取り息子として育てられた、小泉たつみ演じる兄ぼんの宗介。何くれとなく母親(三河家諒)から世話を焼かれるやんちゃな弟ぼん・十次郎(小泉ダイヤ)に比べて、どこか母は自分に対して他人行儀なところがあると感じている。ある日、自分の生みの母は、旅をかけて諸国をまわっている、瞽女の座元のひとえだと知る。

 夫(宝良典)の不義を飲み込んで、わが子として育てあげたけれど、実の子の十次郎はかわいいが、宗介の顔を見るたびに憎しみがわいてくるのだと夫をなじる母の声を偶然立ち聞きしてしまう。ひとり座敷に残って泣いている母の後ろから、宗介はそっと近寄って母に何か言おうとしてやめる。何も言わずに、のれんの向こうで宗介もまた、ひとり泣くのだ。言いかけた言葉が恨み言でないことは、宗介の表情のなかにはっきりと見てとれる。恨むどころか、泣いている母をなぐさめてあげようとしたのかもしれないとさえ思わせる。憎しみがわいてくると言い放ちながら、母が決してそんな気持ちだけで宗介を育ててきたわけではないことは、この宗介の表情が何より証明している。心優しく生きてきた宗介、それでいて、胸の奥底にいつも寂しさをたたえて生きてきた宗介の孤独を、小泉たつみの無言の演技が一瞬にして伝える。

 実の母と知ったことを隠して、瞽女のひとえとふたりきりで話す場面でもまた、小泉たつみの宗介は切ない。お前のことは忘れない。いつまでも達者で。病み患いなどしないようにと、ゆうべ瞽女たちが演奏する「葛の葉子別れ」を聞かせてもらったお礼にと言って、自分が持っていた翡翠の玉をひとえに渡す。翡翠は、深い山の谷底から掘り出した緑色の石や、簪にでもしたらええ、あんたの髪によう似合うーー。ありがとうございますと泣きながら礼を言う、目の見えないひとえの隣で、それとさとられないように声を殺して宗介もまた泣くのだ。

 そして宗介は、目の見えない自分を6歳のときに捨てた親に、それでもいつか会いたいのだと話す瞽女の一座のはつえ(辰己小龍)と恋に落ちる。お前は俺のようだ、と。ずっと前からそうなる運命だったようにひかれていく。

 物語の最後、宗介は、弟の十次郎に恨みを持つ加助(小泉ライト)に、十次郎と間違えられて毒をかけられ失明する。そうなって初めて、宗介はひとえと親子の名のりをあげ、自分も闇の世界をひとえ、はつえとともに生きていくことを決意する。ほうたいで巻いた両の目から血を流す宗介の姿は痛ましく、もう元の宗介ではない。光を失って生きて行くこれからの暮らしが、決してたやすいものではないことも想像にかたくない。けれど、育ててくれたふた親に、自分はもう死んだものと思ってほしい、今日まで育ててもらった恩は一生忘れないと頭を下げ、母と愛しいはつえと歩き出す。その表情は晴れやかで、寂しさをたたえていた宗介とはたしかに別人であり、清々しささえ感じられるのだ。小泉たつみの、端正な容姿とスカッとした役者ぶりのもう一枚向こうにある、心を見たような気がした。

 この芝居は、同劇団の両座長の母である辰己龍子芸道60周年記念公演として、昨年8月に大阪の京橋羅い舞座で上演したのが初演という。関東では今回が初。初演のときから、宗介の育ての母親を演じるゲストの三河家諒も、大好きな演目だと終演後の口上で語った。

 宗介が悪いわけではないことはわかっていても、憎しみを持ってしまう気持ちも本当なら、かわいいと思う気持ちも同じだけあったはずだ。母としての情と女しての業とに挟まれながら、それでも妻としてお家はんとして生きるしか道のない女将もまた、与えられた宿命を生きなければならない点において瞽女たちと変わらない。宗介のことが憎くてたまらないと叫びながら、裏腹な気持ちが一緒に迫ってくる三河家諒の凄みに圧倒された。

 森に帰った白狐は、ひとえであり女将でもあるのだ。育ての親である女将もこれからは、憎しみから解き放たれて、遠い世界に暮らす宗介を息子として思う、母になれるのかもしれない。宗介もまた、見える世界を失ったことで、実母の情も義母の情も、ずっと前から己の内にあったことを知るのかもしれない。

 

 日曜日、昼の部を観に行ったのに、もう一度観たくて、夜の部も観てしまった。

※トップの写真は、終演後、ほうたいをはずした役の化粧のまま、元気に口上挨拶する小泉たつみ座長。

(2021年9月12日 於:浅草木馬館 たつみ演劇BOX『母子港歌』を観て)

取材・文 佐野由佳

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