一見劇団の生みの親、育ての親だった紅葉子太夫元の追善企画として始まったインタビューシリーズも後半戦。紅葉子の子ども世代である、両座長、瞳マチ子から、孫世代に駒を進める。現在、劇団花形をつとめる、紅金之介、一見大弥、紅ア太郎は、すべて紅葉子の孫である。彼たちにとって紅葉子は、太夫元であるのと同時に、「ちゃーちゃん」と慕うおばあちゃんでもあった。孫のなかでもとりわけ紅葉子がかわいがったのが、金ちゃんこと紅金之介だという。母は劇団長女の瞳マチ子。兄は若手リーダー美苑隆太。裏方をつとめるふたりの姉がいる、4人兄弟の末っ子だ。今年(2022年)5月で31歳になった。
「ずっと一緒におったんです、太夫元と。ご飯食べるのも、寝るのも一緒でした」と金ちゃん。開演前に太夫元に挨拶に行くといつも、「まこちゃん、頑張れよ。人に負けるな。負けたら自分が終わるから」と、はげまされた。それが嬉しかったという。
インタビューに同席していた瞳マチ子が、「この子、本名が諒(まこと)っていうんですけど、それも母がつけてくれた名前です。産まれてひと月もしないうちから、母のところに行ってましたから」という。
「お芝居は好きですね。いま、すごい楽しいです。舞踊もね。初舞台は3歳くらい。覚えてます。舞台、大好きでした。パンパースしながら踊ってました」
父は、役者のみやま昇吾(故人)。子役時代も父が主役をつとめる舞台にずっと出ていたが、金ちゃんが5歳のころ両親は離婚。劇団を去った父親に代わり、芝居や舞踊は古都乃竜也に教わることが多かったという。
「古都乃座長が最初に教えてくれたのはね、『田原坂』。あずま健康センターで、手をつけてくれたんですね。ああせえ、こうせえみたいな感じで。振りをもうちょっとがんばれって。いまはもう、自分の、なんていうんですかね、自己流です」
金ちゃんは、舞台に立つと緊張して言葉が出にくくなる。だから台詞の多い役はむずかしい。しかし、たとえ台詞の少ない役でも、その気持ちは強く伝わってくる。「喧嘩屋五郎兵衛」で、最後に自害する五郎兵衛に向かって「親分!」と叫ぶ子分金ちゃんにいつも泣かされる。親分を助けられなかったことへの無念、大好きな親分と別れなければいけない悲しみが、すべてその短い一言に詰まっている。
舞踊ショーのとき、客席の隅々まで誰より丁寧に挨拶をするのも金ちゃんだ。そして、舞台から遠い席で観ていても、金ちゃんの舞踊はその熱がちゃんと伝わってくる。以前、インタビューのなかで一見好太郎は「本気を出した金ちゃんの舞踊には、かなわないと思うことがある」と言った。
「子どものころ、お化粧は好太郎座長が教えてくれました。それがいまも頭に残ってるんです」という。
舞台の上で言葉に詰まってしまうことは、役者にとってはハンデかもしれない。けれども、強い気持ちがあれば、言葉を超えて伝わるものがあることを、金ちゃんの舞台は教えてくれる。紅葉子は金ちゃんのなかにあるそういう強さを、誰よりも早く見抜いて、信じていたに違いない。「人に負けるな」とはげましたのは、そんな自分を大事にしろ、人に何を言われても自分を信じろというエールだったはずだ。そうやって金ちゃんをはげますことで、紅葉子もまたはげまされていたのかもしれない。
瞳マチ子いわく「今日インタビューがあるって聞いたときにこの子が、古都乃座長に『あんちゃん無理だよ、何もしゃべれないよ、舞台でもしゃべれないのに』って。でも古都乃座長が『お前はそれでいいんだよ』って」
舞台を降りた金ちゃんは、台詞をしゃべるときよりも、リラックスした笑顔でよく話す。そして、舞台を終えたあとの客席でインタビューをしていると、通りすがりのふりをして、座員の誰かれがさりげなく様子をうかがいにくる。
「しゃべれてます?」とやってきたのは、金ちゃんの姉、通称のんちゃんだ。のんちゃんは、劇団の食事から着付けから、裏方の仕事を永年になっている。
「大丈夫?金ちゃん。髪の毛がポサポサなんだけど。すいてほしかったけどな、のんちゃんとしては」と言いながら、話の輪に加わる。
「金ちゃんはねえ、いまも昔も甘ったれですよ。なんかあったら、ねえねえ、どうしようみたいな感じで。どこそこに行きたいから連れてってーとか」
四つ違いの姉の話に、にやにや照れ臭そうに金ちゃんは笑っている。
「兄弟のなかでは、隆太くん(美苑隆太)にムカつくんだよね? おにいちゃんだから、舞台のことで注意するじゃないですか。こうしなさいよって。それが気にいらんって。シャクに触るって(笑)。でもなんだかんだいって、お兄ちゃんが助けてくれるんだよね」
兄弟は喧嘩もよくするが、一晩寝たら忘れるようなあとくされのない喧嘩、という。ひとりが好きな兄・美苑隆太は別行動、2人の姉と弟は休みの日も一緒にいることが多いそうだ。
4人兄弟はみんな、「ちゃーちゃん」にめんどうを見てもらった。だから、太夫元の隣に誰が寝るかは奪い合いでもあったそうだ。
「もとは、わたしが太夫元と寝てたんですよ。それを金ちゃんが横からしゃしゃり出てきてねえ、そりゃ悔しいですよ(笑)」とのんちゃん。
金ちゃんが花形になったのは、5年前のことだ。それまで16年間花形をつとめた古都乃竜也が、一見好太郎との二枚看板として座長に就任したときに、3人の孫たちが花形になった。そうした「人事」を仕切ったのも、太夫元である紅葉子だった。花形になったとき「嬉しかったような、悲しかったような」という金ちゃん。複雑な気持ちだったと言いたかったのかもしれない。
一見劇団の孫世代は、現在舞台に出ている役者が8人いる。年齢も拮抗しているたくさんの孫のなかで、太夫元はどうやって花形を決めたのかという素朴な疑問を、のんちゃんがあっさりと解説してくれた。紅葉子は、自分の3人の娘の子どもたちのうち、役者をやっている兄弟の二番目の子を、それぞれ花形に据えたのだという。
言われてみればたしかに、紅ア太郎には、姉・紅銀乃嬢がいる。一見大弥には兄・紅翔太郎がいる。そして紅金之介には、兄・美苑隆太がいる。年齢やキャリアや、芸の優劣ではない、明確でわかりやすい基準を持たせているところに、家長紅葉子の手腕が感じられる。長男長女を据えるのは簡単だが、それでは下が伸びる気をなくす。弟を据えることで生まれる小さな摩擦を、劇団の活力にしようと考えたのではないか。たがいに負けるものかと思う気持ちが芽生えることも、当然期待しての人事だろう。そして何より、紅金之介が、舞台の上で胸を張って、本領を発揮できる場所をつくりたかったに違いない。生まれたときから一緒に暮らしてきた、家業としての劇団であればこそ可能な、細やかな采配である。
「全部好きやったんで、太夫元のこと」という金ちゃんの隣で、「オレはちゃーちゃんの孫で幸せでした!って、今日はそれだけ言いたいんだよね」とのんちゃん。姉と弟の絶妙なコンビネーションに場がなごんでいるところへ、今度は古都乃座長が登場。
「進んでますか?」
金ちゃんは、舞台の上でも楽屋の中でも、みんなに愛されている。
次回は、のんちゃんの一見劇団「裏」話です。
乞うご期待!
(2022年2月23日 立川けやき座)
取材・文 佐野由佳