相棒のカルダモンが、愛京花、藤乃かな、長谷川桜主演による長谷川劇団の「三婆」を篠原演芸場で最初に観た日、感動して大興奮のLINEが、写真と一緒に送られてきた。その日、大衆演劇ナビのインスタグラムに、滅多にしない一人称でカルダモンが投稿したのは、「十条駅への帰り道、大阪弁で友だちに電話しながら、いかに面白かったかを喋り続ける女の子がいた」ことで、その弾む声を聞きながら、自分も泣きそうになったというものだった。その日の舞台が、いかに面白かったか楽しかったか、伝わってくるいい話だと思った。去年(2022年)7月のことで、まだコロナ禍の収束も見えない毎日が続いているさなかだった。
「三婆」は有吉佐和子の小説が原作の、妾と本妻、その義妹という、文字通り三人の婆さんが繰り広げる喜劇。愛京花、藤乃かな、長谷川桜という、大衆演劇界屈指の女優陣による、3時間に及ぶ大作だ。会社社長の夫が愛人(藤乃かな)宅で突然死。残された本妻(愛京花)の家に夫の妹(長谷川桜)ばかりか愛人までもが押しかけてくる。追い出そうとする愛京花に言い訳をしまくる藤乃かな、ウソをつきまくる長谷川桜に大爆笑。別の機会に二度観たカルダモンいわく、毎回、ラストのラストまでこれでもかと笑わせられて、しかも舞台ごとに印象が違ったという。三人だからこその絶妙な間合いと、自由な台詞のやりとりがあればこその舞台だ。どのように演じているのだろうか。
「『三婆』は、もう台本で台詞を覚えるのが精一杯で、実は誰もアドリブはかましてないんです。ただ、全員ちょこちょこ台詞が飛ぶんですよ(笑)。だから、次なんだ? 次なんだ? っていう、その間が空かないようにしゃべってるっていうのはあります。たぶん三人ともそうだと思うんですけど、その日のお芝居、その公演が終わったら、全部忘れてます。次するとき、このあいだどうしたっけ? みたいな。覚えてない。だいたい、三人はそうかな。その都度、気持ちの盛り上がりも違うし。あ、いまそのひと言でグッときたっていうこともあるし、同じこと言ったからって、違うなっていうときもあるし。そんなんも、最近は楽しいですね」
三人でやる舞台は、独特の面白さがあるという。
「愛さん、かなちゃん、わたしの三人で舞台に出てると、やりながら、あ、いまこうしたい、っていうのをお互いにやり取りするので、面白いですね。おお、そうきたか、だったらこう返そうか、みたいな(笑)。そういうワクワクがあるんですよね。ほかでワクワクしないわけじゃないんですけど、独特の間合いというか感覚がある。だから姉妹と言われるのかな」
愛京花、藤乃かなと、長谷川桜はよく三姉妹と間違えられるという。実際には、姉妹なのは愛と藤乃で、長谷川桜は長谷川劇団時代に、座長長谷川武弥の妻として劇団にやってきた愛京花と知り合い、その妹である藤乃かなとも親しくなったという。藤乃かなとは、「劇団が違ったので」ずっと仲がよく、いまは誘い合ってゲストに行くこともある。
「このあいだ、九州の劇団さんが関西にきてるときにゲストに行くことになって、ひとりだと緊張するから一緒に行こって誘いました。その逆もあるんです。かなちゃんが、一緒に行こって。そんなに女優ばっかりいるかな? って言いながら」
いるもなにも、迎えるほうは大喜びだろう。
愛京花のことは、「もちろんその前から、存在は知ってました。愛さんが劇団に嫁にくる前に、すごい人だなと思って観てました。写真ください、ってもらって化粧前に貼ったりしてましたね。10代のころですけどね」。いま「めちゃめちゃ仲がいい」という二人だが、長谷川劇団時代、実は、仲が悪かったという。それにはきっかけがあった。
「昔、愛さんが劇団にきてすぐに、三人兄妹の芝居があって、先生(長谷川武弥)が長男、愛さんが二番目、わたしが三番目という配役だったんですけど、あるとき、役を変わろうということになって。先生は一番上で変わらず、わたしが二番目、愛さんが妹をやったんです。そのときに、舞台に出てしゃべりながら、食われたって思ったんです。自分はお姉ちゃんの役だったんですけど、妹の役の人に食われたっていう、なんともいえない感情に押しつぶされそうになって。めちゃめちゃ落ち込みました。舞台で芝居しながら、あ、負けたって思った。16歳くらいじゃないかな。18くらいになってたのかな。『伴天蓮(ばてれん)物語』っていう芝居です。あれは衝撃でしたね。自分でもそんなに落ち込むとは思わなかった。悔しいっていうのもあるし。そこからはもう、人の芝居をひたすら観て勉強して、見返すしかないですよね。愛さんのこともすごい観てました。一緒に舞台に出てることも多かったんで。基本、芝居は観てました」
「たぶんそこから、バチバチし始めて。愛さんとは、いまだから言ってもらえること、いまだからわたしも言えることって、ふたりでよく話するんですけど、『あのときはね、悔しかったわ』って、言います。愛さんは愛さんで、わたしのことがイヤだったって。遠慮しないから。舞台でくらいつくしかないじゃないですか。個人舞踊とかでも、わたしはお面使ってみたり、明るい曲踊ってみたりとか、お客さんを沸かせてたと。お芝居でも三枚目で出たら盛り上がるし。お客さんとよく食事にも行ったりしてたから、そういうのも愛さんにしてみると悔しかったって。愛さんは愛さんで人気があって、タイプが違うから。うちらが仲よくなかったから、お客さん同士も仲よくなかったんですよ。わたしが長谷川を出て、舞台に復帰してからです。ふたりでそんな話をするようになったのは。そういう話をする横で、うちの先生は大爆笑してますけどね(笑)」
そんな紆余曲折を経ていればこそ、姉妹に間違えられるほど息の合った芝居ができるのかもしれない。自分のなかにある屈折を受け入れ、乗り越えられなければ、互いを認め合うこともできはしない。それぞれが芸を通して、自分自身と戦って生きてきた証のように、『三婆』の舞台はある。
いま三人は、集まればよくしゃべり、よく飲み、互いをほめあっては盛り上がるのだという。
「すごい喋ります。人の話もみんなちゃんと聞いて、みんなちゃんと忘れるから、毎回、同じ話してます。あのときのあれ、よかったよねーみたいな。ほめあう(笑)。自分のことをほめたりもしますけどね。『いやあのとき、こうやってこうで、ヤッタ!と思ったよ』って言うと、愛さんが『思ったよ、なかなかやるなって思ったよ』『だよねー』みたいな。で、かなちゃんが『じゃ、かなもかなも』みたいな(笑)。仕事じゃない話をするときもあるし、昔話に花が咲くときもあるし。日に三回くらい同じ話してるときもあるらしいんですよ。飲んでしゃべってるから、三人とも覚えてないんだけど。長谷川の楽屋で飲んでたりすると、未来とか一馬とか、通るたんびに、またその話してるの? って(笑)。次の日、だからこうなってこうなんでしょ、って言われて、なんで知ってんの? って言われるような感じ。三人のなかでは忘れてるから、毎回、おんなじテンションで話せるんですよ。かなちゃんが、こうこうこうで、だからこうじゃん、って言ってると、そこでさく(桜)が、でもさ、って入る。おんなじとこで。台本でもあるの? っていうくらいに」
いつか舞台でやってほしいものだ。
好きなお酒はバーボン。心得ているファンから、舞台に「JACK DANIEL’S」の贈り物が届けられることも少なくない。
「でも、翌日仕事があるときは、飲みすぎちゃうから焼酎にします。度数が低いから次の日楽です。ウイスキーでも、ある程度は大丈夫なんですけど」
「JACK DANIEL’S」は「調子がいいときは二晩で一本」。お酒はアテがなくても飲めるタイプだそうだが、「最近はなんかつくります」。昔から料理は好きで、いまも仕事が休みで自宅にいるときは、基本は自炊。「前に住んでたところは、徒歩圏内に居酒屋が何十軒もあるような場所だったんで。よくひとりで飲みに行ってたんですけどね」
人見知りだが、居酒屋では見知らぬお客さんとも楽しく話す。「飲んでたらしゃべれますね。ご馳走してもらったこと、何回もあります。いいよ、このねえちゃんのぶんも払っとくよ!みたいな(笑)」。目に浮かぶようだ。
役者仲間や舞台関係の人と飲みに行くときも、楽しいお酒だが、先輩の話には聞き耳を立てる。
「たとえば先輩の座長さんがいらしていて仕事の話になったら、聞きたいじゃないですか。なんかためになること言ってるかもしれないじゃないですか。で、空気読めない酔っ払いの役者が近くで、でさー、こうでさーみたいなこと言ってきたら、『ちょっと静かにしてくれるかな?』って、だいたいそんな感じです。飲みの席でも、そういうときにちょっと大事なこと言う先輩さんいるんで。この芝居のときに、こうでさ、ああでさって。聞いてます、必ず。普段そういう話を聞けない人も、飲みの席だからしゃべることがありますから」
最後に、長谷川桜のこれからについて聞いてみた。
「言うて40が見えてますから。いま38歳、フリーになって10年です。なんとかなってきたってことかな。大変だと思うこともありますけど、ひとりだから。結婚ですか? 最近、ちょっと考えますけど。したいと思ってできるもんでもないですし(笑)。しないんじゃないかな、とも思いますしね。しなかったら、この生活をいつまで続けられるかなとも思いますけど、でも、舞台を続けていきたいですね」
50、60になった長谷川桜の、ぶらりの三や、おはまや、「三婆」を観てみたい。
おしまい
(2023年8月27日)
取材・文 佐野由佳