歌舞伎より大衆演劇のほうが『夏祭浪花鑑』はおもしろい。

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一見好太郎座長が珍しく弱音を吐いた。

1月21日昼の部、『刺青奇遇』終演後の口上でのことだ。この日は三河家諒さんと、宗山流胡蝶家元がゲストだった。

「本日はですね、胡蝶家元が『刺青奇遇』をどうしてもやりたい、ということでございまして、このお芝居になりました。わたくし、鬼のような人だと思いました(笑)。今月は本当にスケジュールがいっぱいいっぱいでございますんで、大変でございました。いつもと違って台本を使わなければいけない稽古ばかり、毎日のように台本、台本、台本、台本で、わたくしの頭のギガが飛んでしまいました。また、このあともいろいろと大変なお芝居がずーっと続いていくわけでございます。もう本当にパンクしそうでございますけれども。今月が命日にならないように、一生懸命がんばってまいります。ぜひともご贔屓いただければと思います」

篠原演芸場の正月公演を一見劇団が受け持つのは5年ぶりだという。11年も連続で正月公演を担当したのは一見劇団のほかにはない。梅沢富美男が現役の頃でさえ、10年連続でストップだったという。そのプライドもあってのことか、初日からすさまじい外題が並んでいた。好太郎座長が芯の大きな芝居ばかりだった。写真家の臼田雅宏さんも「好太郎、疲れてるな」と心配をされていたほど。

「本日、ほんとは時間がもっとあったら、全部ちゃんと完璧に覚えてやりたかったんですけど、昨日も新風の公演がありまして、新風もほぼほぼ、わたくし喋りどおしのお芝居でございまして。それを覚えるのも大変でございました。昨日観ていただいたお客様にはおわかりだと思います。大変な役でございました。下座を務めてましたから、演出や音響も全部決めていかなければならない。毎日が戦いでした。昨日終わったあと、『刺青奇遇』の台本とにらめっこしてたんですけど、全然頭に入ってこない。どうにもならないまま、本日にいたったわけでございます。至らぬ点がたぶんにあったかと思いますが、できれば違う形で、もっと稽古をして、しっかり勉強してからまた上演できればと思っておりますので、本日より、よりいい舞台を務めていきたいと思いますので、本日はもう自分でも納得いかない部分がたくさんありましたので、また次回、ええ、もしよろしければ、同じ芝居でリベンジしたいと思いますので、またひとつご贔屓のほど、よろしくお願いいたします!」

不本意な舞台を務めてしまったことが悔やまれてならない。その気持ちを言わずにはいられない。お詫びをせずにはいられない。その、舞台にかける、客への誠意の強さに圧倒された。舞台をなにより大事に思って生きている人であろうことはわかっていたつもりだが、これだけのスケジュールなら仕方がないと誰もが思えるような状況であったとしても、完璧を目指し、完璧にできなかったことに、誰よりも自分が傷ついているのだ。確かに、台詞が飛んだり、間があいたところは素人の私でも気づいた。しかし、鮫の政五郎を前に、お仲への思いを切々と語るところは圧巻だった。決して、客に詫びなければならないような舞台ではなかった。胡蝶家元も、そんな好太郎座長をねぎらって「昨日もね、好太郎座長は夕飯も食べずにずっと台本を見ていたのよね」と、やさしい言葉をかけていた。(誰のせいやねん!www)。ちなみに、胡蝶家元と好太郎座長の『刺青奇遇』は何度も上演されていて、いつもならお仲役の好太郎座長が半太郎をつとめるので、好太郎ファンにとってもうれしい企画のひとつ。古都乃座長が「胡蝶先生、半太郎はいつもは僕がやってるんですけど、って言うと、『うん、竜也座長はいいから』って言われちゃうんですぅ~」という笑い話もお約束になっているほどだ。

「いやあ、もう本当にね、役者というのはね、大衆演劇の役者というのはたいがいが口立ての稽古でお送りするんですよね。前日の夜、稽古やって、当日をむかえるという……。ですけどね、小劇場の舞台俳優さんとかは、一ヶ月くらい前から台本読みから始まるんですよね。それでスタジオで一ヶ月間、みっちり稽古したあとに本番ステージに立つという。それだけの期間があるだけで、わたしたちからすれば、ああ、うやましいな、いいなあと思うわけでございます。まあ、わたくしどもも、いろんな俳優さんと共演させていただいておりますけれども、ええ、もう本当に、勉強になります。一日の稽古じゃダメなんだなと思ったりね。でも、一日でできることもあるんだッ、大衆演劇の役者ってスゲーなって思っていただければ、(客席から拍手の嵐)ありがとうございます。ハイ、ありがとうございます!」

今月、『森の石松 閻魔堂の最期』に俳優の猫背椿さんと尾上寛之さんがゲストでいらした。『森の石松』は一見劇団でも定番ものではあるが、猫背さん、尾上さんのために、何日か稽古に時間を費やしたらしく、「稽古をするのはやっぱり大切だと思いました」と、好太郎座長が口上で何度も話していたのが印象的だった。

稽古をすればしただけ、またその先に見えてくるものがある。きりがないといえばきりがないけれど、その向こうを目指したいという気持ちを持ち続けているかどうかで、日々の舞台は全く違うものになるはずだ。ぎりぎりいっぱいであることに甘んじていては、そこで終わる。過酷なスケジュールや環境を手放しで肯定するわけではないが、でも、だからこそ生まれる奇跡もある。令和五年の現代において、小屋が揺れるような『夏祭浪花鑑』が観られるのは、歌舞伎座でも松竹座でもなく、篠原演芸場だけと断言してもいい。歌舞伎が衰退の一途をたどるなか、大衆演劇の役者が気概を失わず、上を向いて走り続けていることを頼もしく、嬉しく思った。パリより、オペラの演出などでも著名な90歳の名優、笈田ヨシさんをゲストにむかえての『夏祭浪花鑑』は1月27日に上演される。魂の舞台となるに違いない。

                              (2023年1月23日)

                            構成・文 カルダモン康子

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