生きづらい世の中だからこそ心にしみた、一見好太郎の『大阪嫌い物語』と古川健のドラマ。

2829

「暖簾さえ守れれば、おかあはんは店の中で誰が泣いててもえぇんかッ!」

一見好太郎座長の圧倒的な台詞が胸に突き刺さった。

一見劇団の『大阪嫌い物語』を久しぶりに観た。船場の老舗「河内屋」のお家はん(女主人)は夫亡きあと一人で店を仕切ってきただけあって、何事にも手厳しい。その母親のかたくななやり方にNOを突きつけたのが、ちょっと足りないところのある弟ぼんさん(おとぼんさん)というのが、いかにも 藤山寛美 ものらしい。ため息をつく兄に「お兄さん、息をようけ吐いてどないしたん?」と、おとぼけキャラを炸裂させる。

そんなかわいい弟ぼんさんが、気の弱い兄にかわって「お兄さんに、お店やらせてあげてぇーな」と頼みこむシーンが圧巻だった。東京に店を出して自分の力を試してみたいと兄は望んでいるが、母も、後見である叔父も決して許さない。頼んでも頼んでも首を縦にふらない叔父と母に向かって、「おっさん、言うたろか」と、弟ぼんは切り出す。お兄さんが東京で一人で店をやって成功したら、後見であるおっさんの立場がなくなる。お兄さんの東京行きを許さないのは自分の身を守るため、自分の値打ちがなくなるのが怖いからだろう、と訴える。そしてついに、弟ぼんは母親に向かって叫ぶ。「おかあはんは店の中で泣いてるもんがおってもええんかッ」。自分たち息子をかわいいと言ってくれていたのは嘘だったのか。そんなに暖簾のことばかり言うおかあはんも大阪も嫌いや、と泣きじゃくる。

こういうシーンでの一見好太郎の台詞には心をえぐるものがある。真に迫って、身も世もない気持ちにさせられる。あげく、我が身を振りかえらされてしまう。舞台が絵空事で終わらない。自分ごととして我が身に突き刺さってくる。切ないとか、かわいそうといった、もっと向こう側にもっていかれる。

私ひとりが何かを言ったところで始まらない。波風を立てないことが賢い生き方のようになって久しい一方で、権力を持つ人間の横暴は増すばかり。我慢させる人と、させられる人。経済の二極化は人間関係にもくっきりと影を落とす。オリンピックやコロナ対策の失敗がいい例だろう。我慢させられる側の声はあまりにも届かない。似たようなことが私の身の周りでも起こっている。声を振り絞る気力すら奪われ、茫然とただ立ち尽くしているというのが、いまの私の心境だ。だからこそ、独裁者である母親に一人で立ち向かっていった弟ぼんさんの勇気に身をつまされた。理想的だった組織が壊れていくのを傍観しているだけの自分を、反省せずにはいられなかった。 

母親は、あとはあんたに任せると言い残して部屋をあとにする。叔父は兄の東京行きを許す。風変わりな、と後ろ指をさされてきた弟ぼんが救ったのは兄だけではない。腹違いの姉に対しても、乳母に対しても、母親は態度を改める。後回しにしていた弟ぼん自身の、女中の八重と一緒になる願いも母親はかなえてやる。母親は若手リーダーこと美苑隆太が初役でつとめていた。弟ぼんに向けるまなざしが温かい。ちゃんと息子たちを深く愛していることが伝わってきて、母親でありながら店も切り盛りしなければならず、この人も大変だったに違いないと、最後には気の毒に思えてくる。最初から最後までどうしたって悪い人というのがいないのも、藤山寛美ものの愛すべきところだ。

対面ばかり気にする敵役の叔父は古都乃竜也座長のはまり役。暗転から舞台が明るくなると、バーコードヘアが乱れて顔に思いっきりかかりっぱなしな姿で座っている。とても策略家には見えない。こっけいの極みなのに、中尾彬や梅宮辰夫みたいなよくわからない異様な貫禄があって、おかしすぎて笑いが止まらなくなってしまった。本当はいい人というのがにじんでいる。バーコードのかつらを地毛のように違和感なくかぶって、これほど安定感のある芝居を見せられる役者もめったにいない。いつだったか口上で、バーコードのかつらは本当に松竹新喜劇などで使うカツラ屋さんで作った、じつは高価なものだと聞いた記憶があるのだが、そのモトは十二分にとれたと思う。

前日の夜、NHKで『しかたなかったと言うてはいかんのです』という敗戦ドラマが放送された。脚本は劇団チョコレートケーキの古川健。元陸軍中将の「何もしなかった罪ということもあるんじゃないだろうか」という言葉で、主人公の医師は自分の過ちに気付かされる。いかに教授や軍隊に強要されようとも、捕虜の体で実験手術などしてはならなかった。なんとしても止めるべきだった。止めなかった自分にも罪はある。

ただ手放しでそこにいるだけでは、何も変わらない。どんなに理不尽な壁が立ちはだかっていたとしても、おかしいことはおかしいと言うことによって、何かを動かすことにはきっとつながる。人として正しいということが本来持っている強さを信じてみようと、改めて思わせてくれた舞台とドラマだった。

この日の『大阪嫌い物語』は復活狂言と銘打たれていた。一見劇団でかけるのは1年ぶりくらいだという。どんな事情があってのことかはわからないが、こんな不安定な時代だからこそ、一見好太郎演じる弟ぼんさんのかわいらしくも頼もしい姿を、より多くの人が目にすることができればと思った。

            (2021年8月14日 一見劇団『大阪嫌い物語』を観て。写真は2016年撮影)

                                       取材・文 カルダモン康子

関連記事