三度目の緊急事態宣言が発令された。
今月、突然引退を発表した文楽人形遣い吉田簑助の大阪文楽座の千秋楽も中止。突然、1日繰り上げて24日の引退となった。最後を見届けようと25日の切符を抑えていたご贔屓の嘆きやいかばかりか。吉田簑助とて、無念に違いない。病に倒れていた柳家小三治が復帰するはずだった一門会も中止となった。大衆演劇も然り。おもに関西方面の劇場から次々と24日で千秋楽というニュースが流れてくる。やりきれない。
4月24日の夜、もしかしたら明日からもう観られなくなってしまうのではと心配で、篠原演芸場に駆けつけてみれば大入も大入、ダブルの大入だという。土曜日の桐龍座恋川劇団だから当たり前なようだが、こんな状況下でみなさんよくぞと、隣の見知らぬお客さんと手と手を取り合いたい気持ちになった。
芝居は「待ってましたッ!」と言わんばかり、二代目恋川純が襲名披露をしたときの外題、『馬の足玉三郎』。二代目が兄で、恋川純弥が弟という配役。実際は純弥がひと回りも歳上の兄である。「あんちゃんの言うことが聞けないのかーッ!」と何度もノリノリで叫ぶ二代目に、「気持ちいい?」と涼やかな笑顔でツッコむ純弥。客席は割れんばかりの笑いの渦。万屋のお嬢さんが好いたのは自分ではなく弟の海老蔵だった。海老蔵は男前、玉三郎はそうでもない。ひとり落ち込んだ玉三郎が自分の顔を鏡で見ようとしたその時、桟敷の木戸がガタッと開く音がした。お客さんが開けただけなのだが、二代目がわざわざキッと音がした方をにらんだから、ドッと笑いが起こった。「(木戸の音が)いい間だったなぁー」とつぶやきながら、ちらりと上を向いた二代目。笑いの神様、もとい芝居の神様が降りてきた、と思った。
そして、二代目はこの夜、中島みゆきの「ファイト」を踊った。いつだって全身全霊、懸命に踊る二代目だが、この日はさらにその上をいっていた。魂そのものが踊っているような、全てを吹き払ってくれる踊りだった。花道で花をつけた女性は、すがるような表情になっていた。二代目の舞踊は、まさに神がかっていた。
〽️ああ 小魚たちの群れきらきらと 海の中の国境を越えてゆく
諦めという名の鎖を 身をよじってほどいてゆく
以前見た時は、曲が終わってから、ためにためてファイトーッと叫んでいたが、この日は曲中からファイトーッと雄叫びを上げていた。ためてなどいられなかったのだろう。そりゃあそうだ!
次の曲は、「ウォンビーロング、もうすぐさ笑えるのはぁ〜🎶」。 『WON’T BE LONG』だった。ギラギラのセクシーな衣裳でこれでもかと見せつけていく。3月から劇場の昼夜公演が続いていて、どこにこんなパワーが残っていたのか、信じられないほどのパフォーマンス。いつもより多めに回ってます!と言わんばかりの迫力。その二代目の心意気に、私はなんだか涙がこぼれてきてしまった。
こうやって吹き飛ばしてしまえばいい。自分が強くあり続けることが、上を向き続けることがなによりだと二代目が身をもって教えてくれている気がした。そうすれば、神様だってふらりと降りてきてくださる。
「命がけで来てくれてありがとおーッ!」。終演後、降りた緞帳の向こうから叫ぶ二代目。こちらこそ、ありがとうございました、と叫びたいほどだった。心を満たされて、私の免疫力は確実に上がったと思う。なかなか打ってくれないワクチンより、二代目のワクチンの方がよほど安全で効きがいい。劇場を開け続けることへの是非はある。ただ、劇場が開けるという判断をした以上、そしてそれを受け入れた以上、できうる限りのことをするのが座長としての自分の務めだと二代目は考えたに違いない。目の前のことに必死で向き合えば何かが変わるかもしれない。そう思わせてくれる舞台だった。芝居は、決して不要不急のものではない。
(2021年4月24日篠原演芸場夜の部、桐龍座恋川劇団の舞台を観劇して)
取材・文 カルダモン康子