あさひや×三代目櫻京之介 安い衣裳はつくらない!

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劇団花吹雪・三代目櫻京之介座長の、誕生日公演当日。あさひやの衣装プロデューサーである溝田佳恵さんと客席に座って開演を待つ。ガヤガヤとしていた客席が落ち着きかけたころ、「ちょっと楽屋に行ってきます」と席を立つ佳恵さん。どうやら、呼び出しがかかったらしい。

ほどなく戻ってきて、いわく「舞踊ショーの冒頭で着る衣装の、着方がわからないって。確認でした」。あさひやは、この日、京之介座長が舞踊ショーで着るほぼすべての衣装を製作している。今年34歳になる座長の、衣装を担当して20年という。

横浜の呉服屋であるあさひやは、大衆演劇の舞台衣装の製作にも力を入れていて、関東だけでなく関西を拠点にする劇団や役者からも信頼が厚い。衣装の製作現場を取材させてほしいとお願いしたところ、折しも、三代目櫻京之介座長の誕生日公演に向けて製作の準備が始まる時期という。そして迎えた今日の誕生日公演である。会場となる、大阪・浪速クラブの予約席はすでに満席。自由席をめがけて朝から行列ができていた。めいっぱい補助席を出して、大入りの場内だ。

小雨の降るあいにくの空模様などなんのその、当日の自由席を求めて浪速クラブには長い列が。

劇団花吹雪は、桜春之丞座長と三代目櫻京之介座長の二枚看板で活動する。「華やかで品よく」そして面白いという、関西を拠点にする劇団らしい舞台構成。この日も、第一部お芝居「天下無敵ぞ!意趣返し」で大いに笑ったあと、三代目櫻京之介座長が花魁風の衣装で登場。華麗な舞踊ショーに湧いた。

舞踊ショーオープニングは倖田來未の「So Nice」にのせて。
 

一夜明けて翌日、公演終了後の京之介座長に、溝田さんと衣装についての対談をお願いした。今回の誕生日公演の衣装について、さらに日頃からの衣装への思いなど、忌憚のない丁々発止なやりとりに、永年の信頼関係がしのばれる座談会となった。

あさひやの取締役であり衣装プロデューサーの溝田佳恵さんと、劇団花吹雪・三代目櫻京之介座長。あさひやは、今年34歳の京之介座長が、14歳のころからのおつきあい。先輩座長である桜春之丞座長の衣装を担当したことがきっかけである。「京之介座長がご自分で衣装を注文されるようになって13年くらいでしょうか」。現在も劇団ぐるみでつきあいが続く。

大衆演劇ナビ(以下、ナビ) 開演前に、着方がわからないと連絡がきていたのは、オープニングの衣装ですか?

あさひや・溝田佳恵(以下、溝田) そうです、そうです。

花魁をイメージしたオープニングの衣装。

三代目櫻京之介(以下、京之介) この花魁の衣装、届いて最初に見たとき「ダッサ」って思ったんですけど。

ナビ ええっ?! どんなところがですか?

京之介 全体。でも、着てみたら「ええやん!」って。

溝田 だから、衣装は着てみないと。

京之介 ほんと、信じてよかったなと思って(笑)。

もう信用してるんで、ぶっつけ本番です。

溝田 当たり前じゃないですか。座長が着たところを想像して、つくってるんですから。

ナビ 本番前に一度、着て踊ったりはしないんですか?

京之介 しないですね。ぶっつけ本番です。

ナビ それは時間がないから?

京之介 それもそうですけど、もう信用してるんで。

溝田 コワイコワイ。

ナビ  着方がわからない、なんていうことも起こるんですね。

溝田 今回は、わたしが客席にいることがわかってたから、これで間違ってないか聞いた方が早いということだったんですよね? 普通の着物とあきらかにつくりが違う、仕掛けのあるようなものの場合は、着方の順番を写真に撮って送ったりしますけどね。

京之介 むしろ、あさひやさんの場合は、何も言わなくても着脱しやすいようにつくってあるから、着やすいしわかりやすいんですよ。こちらも慣れてるし。よそでつくると、そこをいちいち説明しないといけないから。

華やかな着物と、幾重にも柄の違う生地を重ねた帯にも注目。

溝田 ただ、この衣装、つくるのめっちゃ大変でした。2月くらいかな、京之介座長から「和ドレスがほしい」ってLINEが来たんですよね。すごいたくさんのイメージ写真と一緒に。

京之介 そうそう、始まりはそうでしたね。

溝田 このときは直接、京之介座長に会いに行って打ち合わせました。それをもとに、うちの「エース」ーーあ、劇団花吹雪のなかで「エース」と呼ばれてる、腕のいいスタッフがいるんです。ちなみに「エース」の名付け親は彩夜華ちゃん(劇団花吹雪の桜彩夜華)ですーーが、デザイン画を描いてLINEで送ったら、京之介座長から「イヤだ」って、ひとこと返信が来て。

ある日「くぅちゃんになりたい」って、LINEが送られてきたんです。

ナビ そんなきっぱりと!

溝田 京之介座長の場合、はっきり言ってくれるので助かります。やみくもに気に入らないと言っているわけではなくて、イヤだというからには理由があるんです。そのとき同時に、「くぅちゃんになりたい」って倖田來未のイメージ画像が送られてきたんですよ。それを見て、やりたいことはだいたいわかったのと、ああ、「これより豪華なものにしたい」ってことなんだろうなって。

ナビ そこまで読み込むんですね。

溝田 着物のイメージカラーは、白、黒、赤という要望だったので、うちの店にあるそれに近い色使いの振袖の写真をいくつか送って、どんな感じがいいですか? って聞いたんですよね。なかに一枚、白、黒、赤ではないものを混ぜておいたらなんと京之介座長、その一枚を選んできて。白、黒、赤じゃないじゃん!って。

京之介 そういうもんでしょ(笑)。

溝田さんが、白、黒、赤を基調にしたいという座長の要望のもと、着物の生地候補として送った振袖の画像。右列、下から二つ目だけ、指定外の色合いのものを入れておいたら、選ばれたのはこれだった。

溝田 それで着物に使う反物が決まったので、帯をどうするか。生地はこちらで選んだんですけど、花魁をイメージしてるわけで、前帯のデザインだけでも30種類くらいサンプルをつくって相談しました。

帯用に選んだ生地。
帯に用いる生地の組み合わせとデザインは30パターン以上検討。

溝田 違う種類の生地を幾重にも重ねて、京之介座長に一番上にくる生地は、どれにしますか? って、写真を並べてLINEしたら、👍(グッド!)なスタンプだけ送り返されてきたりして。いやいやいや、👍 じゃなくて選んでください! 

京之介 なんてことは、よくありますよね。

最終的にはこんな感じの前帯に。髪飾りもお揃いで。
襟にもボリュームを持たせて後ろ姿も華やかに。

ナビ 誕生日公演全体で、衣装のテーマを決めたりなさるんですか?

京之介 テーマは決めません。個人舞踊を何本も踊るので、テーマを決めると一色になってしまうから。衣装は曲に合わせて決めます。

ナビ  先に曲を決めるんですか?

京之介 曲が先のこともありますし、自分がイメージする衣装を伝えて、それに合わせて曲を探すこともあります。

溝田 へ〜、そうなんだ。

京之介 知らんかったんかい!(笑)

中島みゆきの「銀の龍の背に乗って」を踊った衣装。今回つくったなかで、「一番好きかも」と京之介座長。写真=DVD「三代目櫻京之介誕生日公演2023」より

ナビ  「銀の龍の背に乗って」は、銀のグラデーションでとオーダーされたとうかがいました。それは曲からイメージして?

京之介 その通りです。今回の舞踊の衣装のなかで、一番好きかも。昔はもう少し、派手なものもよかったんですけどね。こういう落ち着いた、シンプルなものも好きなお歳頃になってきました。

工房で縫製中。一着の衣装はひとりのスタッフが、最初から最後まで製作を担当する。「分業にはしません」と溝田さん。
 

ナビ  その場合、衣装のイメージは最初にどうやって伝えるのですか?

京之介 言葉です。僕の頭で想像できてることを、バーッとしゃべります。言葉で伝えることしかできないので。絵で説明したりすると、へんてこりんなことになってぜんぜん伝わらないんですよ。

溝田 かなり理解度、高いと思いますよ。

一を聞いて、十を理解する溝田さん。「常に踊っているところをイメージしてつくります」。

京之介 だいぶわかってくれるようになりましたよね。

ナビ  上から目線な言い方が(笑)。

京之介 そういう冗談も言い合えるつきあいをさせてもらってるので。めっちゃ、理解してもらってます。自分に似合うものをわかってもらってないと、おかしなことになりますからね。僕でも似合わないものもあるので。

溝田 いやでも、基本、京之介座長はどんな衣装も着こなしてくれるんです。たとえ、へんちくりんな衣装でも、それなりに。

京之介 それなりにって。

「京之介座長はなんでも着こなします」。

ナビ  普段のやり取りは電話とLINEですか?

京之介 基本はそうですね。あと、テレビ電話したりとか。

ナビ  それは顔を見たいから?(笑)

京之介・溝田 じゃないです。

京之介 いや、ちょっと顔も見たいんで。元気かなー? と思って。

溝田 (流しつつ)生地や装飾の打ち合わせができますし……。

ナビ  座長が顔が見たいからとおっしゃっているのに、関係なく説明し続ける溝田さんが面白いです。

京之介 そうなんですよね、ガンガン流すんですよねー。

溝田 夜、こっちが風呂上がりのタイミングで、テレビ電話をかけてくるのとか、ほんとにやめてほしいんですよね。電話に出ないわけにはいかないし。

ナビ  理不尽な抗議の声が(笑)。

溝田 「スッピンやん」とかって言って。そうすると彩夜華ちゃんが、どれどれ? とか言ってのぞいてくるから、ほんとにやめてほしいです。

ナビ  そのとき京之介座長は化粧してるんですか?

京之介 もちろんです。

袖口のたっぷりとしたフリルが、動きに合わせてキラキラ輝く。

ナビ  「I have Nothing」の衣装も、とても豪華で綺麗でした。あの生地は京之介座長が選んだのですか?

溝田 三吉演芸場に公演に来られたときに、まとめて選んだなかのひとつですよね。京之介座長は、わたしが買い付けて在庫してある生地のなかから、気に入ったものをまとめてピックアップするんですよ。その時点では、いつどんな衣装に使うかは決めてないんですけど、そうして選んでおくと、具体的になってきたときに、あのときのこの生地で、という話がしやすい。そういうやり方で生地を選ぶのは、京之介座長くらいですけど。たいていはその都度、注文に合わせて相談しながら決めますから。

ナビ  生地からイメージが湧くこともありますか?

京之介 ありますね。

溝田 これをどう料理しようか、みたいなね。

ナビ  フリルがとてもゴージャスでしたが、あのフリルは最初から京之介座長のイメージのなかにあったんですか?

京之介 あれは、あさひやさんのほうで考えてくれました。

溝田 どう見せれば生地のよさを活かしながら、座長の美しさを引き立てられるか、そこから考えていった感じです。

ナビ  髪飾りもトータルで?

溝田 髪飾りはこの衣装に限らず、頼まれなくても共布でつくってお渡しすることが多いです。よければ使ってください、みたいなことで。

コートの襟を立てて。
写真=DVD「三代目櫻京之介誕生日公演2023」より(以下、7点同)

 ナビ  スリットのたくさん入ったコートもあまり見たことがないデザインで印象的でした。

溝田 あの生地の場合は、京之介座長からは、普通にコートにして、って言われたんですよね。シンプルな生地なので、シンプルにつくればカッコよく着こなしてくれるのは百も承知だったんですけど、それだけじゃ面白くないなと思いまして。

京之介 カッコいいだけじゃダメなの?

溝田 (聞き流しつつ)ちょっとスリット多めに入れてやってみようかなと。初めてやってみたスリットの入れ方で、どれくらい動くとどう見えるか、鏡の前でわたしが羽織って実験しました(笑)。実際には舞台でもっと激しく踊るだろうから、それも見越して考えたら、ほんとに激しく踊ってくれて。よかったです。

ナビ  目論見通りですか?

溝田 京之介座長は、衣装を一目見れば、どうやったら素敵に見せられるか、こちらが意図したことを120%わかってくれるので、そこはもう何も言わなくても。

ナビ  京之介座長としても、それで行きましょうと。

京之介 あさひやさん、めちゃめちゃ研究してるのでね。むしろこちらが知らないノウハウも、たくさん持ってるから。

溝田 試しにやってみて、これでよかったらほかの役者さんの衣装にも使えるなって(笑)。

京之介 そういうことですよ、僕はお試し役者ですよ(笑)。

ナビ  ラスト舞踊の衣装で驚いたのが、白無地の生地がキラキラ輝いていてとてもきれいだったことです。工房で製作途中を見せてもらっていたのですが、そのときはあの白い生地、そんなに特別なものには見えなかったんです。ところが舞台で見たら、全然違いました。それも見越して選んだ生地なんでしょうか?

京之介 あれ、僕が選んだんだっけ?

溝田 選んでますよ。これですよね(サンプルを取り出す)。

座長が選んだ生地のサンプル。

京之介 そやそや。選びました。

溝田 紫のほうも、これがいいって座長が選んだんですよね。あの衣装は白の部分が多かったので、最初は上に装飾を載せることも考えてみたんですけど、いやちょっと待てと。照明が当たると生地自体がすごい光るので、意外とシンプルなほうがカッコいいかもと思って。動いたらきれいだし。逆に紫のほうに石を載せて光らせるとか、統一感を出してみようとスタッフと考えました。高級感を出したほうが京之介座長は喜ぶので、白地全体に装飾を載せることにお金を使うなら、金の組紐を襟とか袖とか部分的にたっぷり使ってみたいと思い、座長に写真を送って相談しました。

「そやそや」。デザイン画や生地のサンプルを前に、衣装を発注した当時のことを振り返る。
「和寄りの高級なイメージ」というオーダーをもとに起こしたデザイン画。こちらに関しては、一発OK。デザイン画は、溝田さんも全面的な信頼を寄せる「エース」が一手に担当している。
金の組紐のほかにも、いくつかタイプの違う装飾を検討。
装飾の付け方などを検証。

溝田 こんな感じで装飾を付けるのはどうですか?ということで、送ったのが上の画像です。金の組紐を推しつつ、別のタイプの装飾も、比較できるように置いてあります。そしたら、座長からこの写真(下)がポロンと送られて来たので、赤丸を付けてるところに金の組紐のほうを付けてね、ということなんだろうと。

京之介座長からポロンと送られてきた指示画像。

ナビ  この写真だけで、よくそこまで理解できますね。

溝田 そんなんばっかりです(笑)。この組紐ね、たっかいんですよ。

ナビ  値段が?

京之介 そう、高いんです。

溝田 でも、高いけど、費用対効果としては安かったでしょう?

京之介 安かった。やっぱり高い方が豪華なんですよ。僕、衣装でケチるのイヤなんで。安いと見た目がチャチになるでしょう? 安い衣装ってつくる必要ないと思うんです。高いものはやっぱりバエる。

最終チェックをしながら、高い組紐を縫い付けているところ。
全体の仕上がりをトルソーに着せて確認。ここで見ていたときと、舞台で見たときでは、生地の輝きが違ってビックリ。

京之介 あさひやさんって、普通の着物みたいな和ものもイケて、特注ものもイケる。万能なとこがとても優れていると思うんですけど、あとね、安くないのがいい。

溝田 それって、ほめられてるの?(笑)

京之介 もちろんです。

ナビ  どういう意味ですか?

京之介 見た目もそうですし、縫い方ひとつひとつがちゃんとしてるんです。安いとこだと海外の工場に出したりしてるので、縫いが粗くてすぐほつれたりするんですよね。あさひやさんなら、そんなことがないから持ちがいいし、直しもメンテナンスもちゃんとしてくれる。安くないだけのことはあるんです。

ナビ  ほかにも衣装に関して、大事にしていることはどんなことですか?

京之介 それはやっぱり、常にきれいにしておくことです。ちょっとでも汚れたらクリーニングに出して、メンテナンスに出して、とにかくきれいに保つことを心がけてます。それがプロだと思うから。

ナビ  つくる衣装の数は多いいほうですか?

京之介 多いですね。

「年間通して、衣装はかなりの数つくります」。終始、爽やかな笑顔で熱く語る。

ナビ  仕事にかける費用全体を100としたら、衣装の占める割合はどれくらいですか?

京之介 半分以上、いや、大半と言ってもいいかもしれません。

ナビ  年間何着くらいつくりますか?

京之介 わからないですね。つくりたいとなったら自分でもつくりますし、ご贔屓さまから依頼があれば、それに合わせてつくりますし。

ご贔屓さんからの贈り物の衣装は、舞踊ショーの最初の曲で一斉に舞台で披露。

ナビ ご贔屓さんからの場合は、希望を伝えてつくってもらうんですか?

京之介 僕の場合は、ありがたいことに僕が全部決めていいので、自分がつくりたいものをつくらせてもらっています。

ナビ  それは珍しいことなんですか?

京之介  そうだと思います。

溝田 気に入らないものをあげても、着てもらえないからですよ。

京之介 それはありますね。

ナビ  そうなんですね!

京之介 ご贔屓さまからつくっていただいたものがおしゃれじゃなくて、どうも気に入らなかったことがあって。いただいたそのときは着ましたけど、ごめんね、僕には合わないのでってお伝えして、二度と着なかったことがあったんです。

ナビ  ちゃんとお断りして。

京之介 そうですね。そこはちゃんとお伝えしないと、なんで着てくれないの? って失礼になってしまいますから。はっきり伝えれば、じゃあ今度は京ちゃんのほうでよろしくね、って言ってくれます。それくらい心の広い方でないと…。

ナビ  ご贔屓さんはつとまらない?

京之介 僕、わがままなんで。

ナビ  今回の誕生日公演の衣装全体の仕上がりとしては、いかがでしたか?

京之介 もう大満足です。

ナビ  あさひやさんとしてはいかがですか?

溝田 京之介座長がよくても、こちらが気になることがあって、あとから直させてもらうケースもあるんですけど、今回、意外とそれもなかったですね。

京之介 なかったよね。マジでパーフェクトでした。まれなことですよね(笑)

溝田 そうですね(笑)

マジでパーフェクト(!?)

次回は、そんなあさひやさんの衣装製作現場に潜入します。

乞うご期待!

(2023年5月14・15日 浪速クラブ)

取材・文構成 佐野由佳

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