2022年10月30日、劇場の一番後ろまで満員の観客で埋まった浪速クラブの舞台の上から、山根演芸社の山根大社長は、「みなさんの写真を撮らせてもらっていいですか?」と言って、スマホのカメラを客席に向けた。
まさかの逆撮影に、場内が湧いた。
昨年10月に亡くなった、劇団のおかあちゃんである紅葉子太夫元の追善興行でもあった一見劇団の関西公演は、高槻千鳥劇場、八尾グランドホテル、そして浪速クラブと3カ月の公演を終え、この日が大千秋楽となった。
古都乃竜也座長は口上で、「おかあさんが生前、もう一度のりたいと言っていた浪花クラブでの公演を山根社長が叶えてくれ、10月に行けるぞと電話をもらったときは嬉しかった。8月の高槻千鳥劇場が最初だったおかげで京都方面のお客さんも来てくれ、9月には二度目の八尾で待ってたよと迎えてもらい、3回目の浪速クラブ、初見の方も通ってくださるようになって、今日こうして客席が埋まったのを見て、本当に来てよかったなと思います」と語った。
そして、山根大社長にとっても、今回の一見劇団の公演は、特別な感慨があったという。公演の仲立ちをするという立場を超えて、ひとりの芝居を愛する者としての万感の思いが詰まった口上挨拶となった。
山根社長口上
本日のご来場、誠にありがとうございます。このひと月間の公演、ご支援を賜りましてありがとうございます。
これが、天下の浪速クラブの千秋楽。こうして大向こうまでお客様が詰めてくださって、みんなに観ていただくこの姿を、私は本当に見たかったんです。
東京から来てるっていう人います? 遠いところありがとうございます。わたしらみんな、高槻の、八尾の、浪速の人間やでっていう人、手ぇ上げてくれますぅ? ありがとうございます。
みんな大阪で、この一見劇団を観て、そして支援をくださった。これは本当にわたし、嬉しいことやと心が躍ってます。
まず、古都乃竜也座長に詫びないかん。3年前にここにのったときの千秋楽に、同じように舞台に出てきて私はだいぶと厳しいことを古都乃座長に言いました。また関西に来たいというのなら、もっと稽古して、自分たちの力で戻って来いと、そう言いました。誰に指図されるのでない、自分たちの力で、自分たちの生き方を決める自由を持ってこその旅芝居なんじゃないのかと。そのときの客席はこんなふうに埋まってもいなかったし、そして、言いたいこともいろいろあった。この劇団、もっともっと大きく伸びる劇団だと思っていたからこその言葉でした。
そして今日のこの千秋楽です。劇団がこうなるためには、おかあさんという人が、こういう形で向こうにいることが必要だったんだな、とわたくしはいま思っております。
最近、本のなかで見つけた言葉があります。追悼する、悼むというのは、その人がいないということを意識し続けることやと。その人がいないことを意識し続けているうちは、みな、その人のことを忘れていない。悼んでいるのだと。これは、今月の一見劇団に、ぴったりの言葉だと思いました。
紅葉子は彼の地に行きましたけど、いまだにこの劇団の中心にいて、そして、彼らを鼓舞していると、私は思います。3年前、一見劇団の楽屋に行ったとき、なんとここはカオスみたいな、ある意味、泥臭い劇団なんだろうと思ってました。ところが、今回、楽屋を見て、そして舞台を観て思ったことは、こんなに洗練された劇団ってあるのかと。
たとえるならば、この劇団、オーケストラで言うところの、協奏曲を演奏する劇団でございます。ピアノ協奏曲、ヴァイオリン協奏曲。オーケストラの前にソリストがいて、それが華やかな演奏をします。役柄に対する理解力というものが、非常に優れた一見好太郎という異能の役者がいる。いわゆる天才という、そういう言葉で言いたくない。役者でなければ生きられないという、ほんとに全身旅役者、それが、この一見好太郎という役者だと思います。そういうソリストがいて、そして、すばらしいオーケストラがいます。高らかなトランペットを吹き鳴らすア太郎。そして、オーボエでいつも音が崩れないように守るリーダー。そして、第一ヴァイオリン、第二ヴァイオリンできらびやかな音を出す翔太郎や大弥たち。
そしてたまにはティンパニーで、でっかい音を出す金ちゃんがいて。そういうみんながいてこそ、素晴らしいソリストも光るんでございます。そして、その、オーケストラをまとめ、指揮しているのが古都乃竜也です。
おかあさんが亡くなられてこの1年間、この劇団は非常に大きく成長したのではないかと思います。コロナ禍以来、3年の月日が経ち、こういうふうに劇場の後ろまでお客さんが詰めてくださった千秋楽を見たのは、私は2年ぶりです。2年前は、劇団美山の公演でした。明日なき戦いみたいな公演でした。その千秋楽のとき、ただただ、これはすごいことが起こったなあ、この劇団大きくなるぞと思いました。その公演をきっかけに劇団美山が飛躍したことは、みなさんご存知のことかと思います。
今日この、一見劇団の千秋楽を観て、これは泣けるなと、そう思いました。旅芝居を観たくても、なかなか自分の居場所が見つけられない人のために、この劇団は今月、がんばりました。ご年配の方、男性の方、そういう方が毎日のようにここへ来てくださる。そして、昼夜狂言替えという、過酷な過酷な道具の支度を劇場がしてくれて、劇団も劇場も、ほんとに、がんばりました。わたしも、久しぶりに会心の公演でした。ありがとうございます。ありがとうございます。
「これだけの人が大阪で待ってくれてんのやから、また帰ってきぃや」という山根社長に、「はい、必ず」と古都乃座長。客席から「待ってるよお~」の声援と拍手。万感こみあげて涙ぐむ山根社長に、両座長も客席も、みんな一緒にこみあげた。
そして、「みなさんの写真を撮らせてもらっていいですか?」という山根社長のまさかの逆撮影に、劇団、劇場、観客、ここに集えた喜びを一緒に分かち合ったような気持ちになった。
(※このときの客席の写真を掲載した山根さんのインスタグラムはこちらから)
山根社長口上続き
一見劇団のこのひと月間、いろんなことを思うひと月でした。芝居のよさ、旅芝居のよさというのを思い出し、やっぱり、ひたむきにやり続けると答えが出るんだなと。翔太郎が毎日毎日クラブのスタッフジャンバー着込んで、お客さんの出迎えをがんばったり。長い間、役者さんと付き合ってるとね、なんでそんないらんプライド持ってるんやろ、険があるんやろと思うことがあるんですけど、この劇団、それが一切ないんですよ。よけいな荷物をお客さんにしょわせることも、われわれにしょわせることも一切ない。ほんとに自然体で、ただただみんなで集まりながら芝居して、ある意味、師匠もないなかで、これだけの劇団をつくってきました。これは、ひとえに、この一見劇団そのものの力、努力にほかなりません。
ほんとに、わたくしは、この劇団、最後の大衆劇団だと思っております。みなさん、これからも、どうぞ一見劇団、ご声援賜りますよう、お願い申し上げます。
三本締めおねがいします。まず一本目です。このひと月間、この浪速クラブの一見劇団の公演をご支援くださいました、みなさまがたのご健康とご多幸をお祈りしての一本目でございます。二本目は、この浪速クラブ、そして一見劇団が、これから益々大きく旅芝居の世界を支える存在であり続けますことを祈りまして。三本目は、もう一回、天国のおかあちゃんに聞かせてやってください。よろしくお願い申し上げます。それでは三本締め参ります!
(イヨオ〜!)
終演後の人混みのなかで、一見好太郎座長が、劇場の客席から舞台に向かって一瞬、深々と頭を下げた。送り出しで、いい千秋楽をありがとうございましたと伝えると、「芝居を大事にする一見劇団のやり方を、曲げずに貫いてきて本当によかった」と言った。
千秋楽の演目は、「花笠文治」。5年前、一見劇団として初めての関西公演に乗り込んだ八尾グランドホテルの初日に上演したのも、この芝居だった。なんであんな固い芝居をするのか、肩が凝るわと関西のお客さんから言われたのだと、両座長は取材のなかで話した。実際にそのときわれわれも客席で観ていて、舞台のうえの緊張が伝わってくるような必死さがあり、それはそれで胸打たれるものがあったのだけれど、関西のお客さんには、それが固い芝居と映ったのかと思ったものだった。その演目をなぜあえて、5年目のこの千秋楽に選んだのか、理由を確かめたわけではない。「出役の多い芝居だから」と古都乃座長は口上で言った。想像の域を出ないが、それはひそかなリベンジだったのではないか。そしてその舞台は、5年前とは打ってかわって、役それぞれが、役者のキャラクターを際立たせて面白く、決して固い芝居なんかじゃなくなっていた。クセの強い、一見劇団でしか観られない充実した「花笠文治」だった。
古都乃座長に、芝居の最後に、古都乃座長扮する黒田岩右衛門が、川北のお殿様の頭を「お前が一番悪いんじゃ」と、扇子でポンとはたいたのが最高だったと伝えると、「ね、間が絶妙だったでしょ」とニヤっと笑った。
一見劇団の、この意地の通し方こそが、おかあちゃん紅葉子から受け継いだ、最大の形見なのかもしれなかった。
(2022年10月30日 浪速クラブ千秋楽)
文・佐野由佳